道頓堀川
■毎日更新無料動画!
■未公開流出画像満載

[Wikipedia|▼Menu]
この項目では大阪市にある運河・町域について記述しています。お好み焼きのチェーン店については道とん堀をご覧ください。

グリコのネオン道頓堀リバーウォーク、前方は戎橋(2005/8/28)道頓堀川にかかる戎橋(2005年に撤去、架け替え)法善寺 水掛不動法善寺横丁かに道楽のカニの看板木津川(左側)へ合流 右手の水門が道頓堀川

道頓堀(どうとんぼり)は、大阪府大阪市を流れる木津川と、東横堀川を結ぶ全長約2.5kmの運河、および大阪市中央区の町名である。一部で「とんぼり」と略称される事もあるが定着しておらず、地元では略さずに「どうとんぼり」と表現している。
目次

1 概要

2 風物詩

3 道頓堀五座

4 道頓堀裁判

5 水質

6 その他

7 道頓堀川に架かる橋

8 道頓堀を題材とした作品

8.1 文芸

8.2 歌

8.3 管弦楽

8.4 ゲーム

8.5 漫画


9 外部リンク

//


概要

1612年安井道頓(成安道頓)・安井道卜(どうぼく)、平野郷の安藤藤次(平野藤次)らが私財を投じて運河開削に着工、1615年に完成した。新堀・南堀川・新川などと呼ばれていたが、松平忠明が道頓の功績を評価し、道頓堀と名づける。1660年代から劇場ができはじめ、中座角座、竹本座、浪花座、弁天座、朝日座などの劇場で、歌舞伎人形浄瑠璃が演じられた。日本橋北詰東に安井道頓・道ト紀功碑がある。

現代の道頓堀は、大阪ミナミ繁華街。道頓堀に沿う商店街に飲食店が集中。グリコネオンキリンプラザ大阪かに道楽本店、づぼらや(ふぐ料理)、くいだおれ(閉店)、道とん堀大阪支社、道頓堀ホテル、道頓堀極楽商店街など、多種多様な看板・建物の店舗があふれている地域である。

道頓堀にかかる戎橋は、2007年11月22日に82年ぶりとなる架け替え工事が完了。また、戎橋から太左衛門橋の両岸に、「とんぼりリバーウォーク」という名称の遊歩道が整備されている。川に面して、ドン・キホーテの楕円形観覧車が設置されている。この観覧車の愛称は、2005年8月31日、公募により「えびすタワー」に決まった。観光船が通い、川側からの出入りが出来るようになり、活性化が期待されている。地元商店会によって催しなども開催されている。

なお、河川名は、西区との境界でもある阪神高速道路1号環状線までが道頓堀川で、それより先は「西道頓堀川」と呼ばれるが、河川名はすべて道頓堀川である。


風物詩

船乗り込み
歌舞伎役者など、道頓堀の芝居小屋で興行を行う際、船に乗り込み道頓堀川の船上にて芝居のPRを行う一種のパレード。毎年の夏の公演の他、襲名披露公演でも実施(近年では中村勘三郎襲名披露等)。


道頓堀五座

戎橋から東に存在した、浪花座・中座・角座・朝日座・弁天座の五つの劇場のことで、「五つ」とも言う。道頓堀を代表する劇場群で、近代に至るまで、歌舞伎仁輪加軽演劇)、人形浄瑠璃などが賑々しく興行された。

昭和初期までにこれらの劇場はすべて松竹の経営に移り、一部は映画館に転向した。第二次世界大戦後、朝日座が東映に売却され大阪東映劇場(後に道頓堀東映と改称)となる。弁天座は文楽座と改称され、人形浄瑠璃の常打劇場となるが、やがて人形浄瑠璃は松竹の手を離れ、朝日座と改称。角座演芸場に転換、演芸ブームで隆盛を誇ったが、漫才ブーム終了後に失速。いずれも昭和末期に閉鎖された(後に角座は映画館の入った商業ビルとして復活した)。

平成に入りバブル崩壊を受け、松竹は残った中座(松竹新喜劇の本拠地)、浪花座(松竹芸能の本拠地)を相次いで閉鎖し、敷地を売却。ここに、道頓堀五座は事実上消滅した(中座の名前は、跡地に建った商業ビルの名前として復活。なお、解体途中に爆発事故を起こして建物は崩壊し、中座の南側にある法善寺横丁が大打撃を受けた)。


無料のエ○本?高画質
動画も対応オススメ!

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:18 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki