進化心理学(しんかしんりがく、Evolutionary Psychology)とはヒトの心理メカニズムの多くは進化生物学の意味で適応であると仮定しヒトの心理を研究するアプローチのこと。行動生態学や人間社会生物学、適応主義心理学等と呼ばれる事もある。
人間行動進化学会は、進化心理学を「社会学と生物学の視点から、現代的な進化理論を用いて、感情、認知、性的適応の進化などを含めた人間の本性を解明する学際的な学問」と位置づけている[1]。研究対象には感情、認知などの他、宗教、道徳、芸術、病理なども含まれる[2]。進化心理学は心理学における一つのアプローチである。
目次
1 概要
2 学説史
3 批判
4 著名な進化心理学者
5 関連項目
6 参考文献
7 関連書籍
8 外部リンク
8.1 日本語のウェブサイト
8.2 英語のウェブサイト
9 脚注
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ある心理メカニズム(例えば「怒り」)をもつ個体が、この心理メカニズムをもたない他の個体に比べて生存・繁殖の上で優位に立つならば、自然選択の過程を経て、その心理メカニズムは種全体に広がっていくだろう、と考えられる。逆に、現在から過去を推測すると、ある形質が種内の個体の多くに普遍的にみられる場合、その形質は進化史の中で生存・繁殖の成功に役立つ何らかの機能を果たしてきたと考えられる。特にヒトの場合に広く見られる精神的・行動的形質をヒューマン・ユニバーサルズと呼ぶ。この適応という観点は、実際に多くの心理メカニズムをそれが正しいかどうかはともかく、合理的に説明できる。例えば家族・親戚関係のある側面については血縁淘汰・包括適応度、親類関係が無ければ互恵的利他主義、ESSといった枠組みの中で見事に説明される。(スティーブン・ピンカー/Steven Pinkerの一連の著作も参照)。
このように人間の心理メカニズムの一部が進化生物学の観点から説明可能であることは、単純な事実だが、人間の行動のどこまでが、進化によって獲得された心理メカニズムであり、どこからが学習により獲得された後天的な性質なのかについては、今も活発な議論が続いている。こうした議論は"Nature versus nurture"(「生まれか育ちか」「氏(うじ)か育ちか」)の議論と呼ばれている。
進化心理学では、精神は脳によって生み出され、脳は物理的な存在であるという心身一元論を採る。そしてヒトの精神は、我々の祖先が直面したであろう困難に対処するために自然選択によって形作られた情報処理機械であると見なしている(心の計算理論も参照)。またヒトの精神に生物学的基盤はないとする心身二元論、文化決定論、タブラ・ラサなどを標準社会科学モデル(SSSM)と呼び、十分な根拠を持たない古いモデルとして批判的である[3]。
人間の行動のうち、生存・繁殖の成功の役に立たないように思われる行動(非適応的行動)や形質についての議論もある。たとえば同性愛のようなマイノリティの性向や、殺人・人種差別のような反社会的な行動、精神疾患などは本当に非適応的なのかという議論。若いうちに自殺することは完全に非適応的な行動だが、これには何の積極的な適応的意義もないのか、自ら命を絶つことは別の何らかの適応的な心理メカニズムの誤作動によって生じているのだろうかといった議論がある。このような社会的タブーに関連する研究には、人差別や犯罪の正当化に繋がる、あるいは正当化を試みているなどの批判がある。それに対して、人の本性を無視するよりは直視し理解する方がより良い社会を作るために有益である、人の本性を研究することと社会的・政治的に犯罪や差別を認めることは全く別の問題であるなどの反論がある。
隣接した分野に、幼児の発達過程から学習と遺伝を研究する進化発達心理学や、D.S.ウィルソンが提唱している、特に宗教を進化の視点から解明する事に注目した進化宗教学などがある。進化心理学は進化生物学と同様に非常に学際的な分野である。心理学、人類学、社会学はもちろん動物行動学、霊長類学、行動遺伝学、神経行動学、進化ゲーム理論など新しい分野の学問からも影響を受けている。
精神の進化の研究はチャールズ・ダーウィンの1871年の著作『人類の起源と性に関連した淘汰』まで遡ることができる。ダーウィンはヒトの感情や道徳心も自然選択などによって形作られたと論じた。しかし他の進化理論と異なり、この視点は彼の友人や家族からもほとんど受け入れられなかった。第二次大戦前後にはフランツ・ボアズやマーガレット・ミードらの働きによってヒトの行動や精神の生物学的基盤を否定する動きが強まった。1952年には社会進化論や断種法などの影響から、人間行動の生物学的基盤の研究を禁止するユネスコ宣言が採択される。1960年代以降、ヒトの生物学的基盤に関する「氏か育ちか」論争が起こる。コンラート・ローレンツのように、動物行動学者の中にも 行動の進化を論じた者がいたが、文化人類学者などから批判を浴びた。1975年に、E.O.ウィルソンが社会生物学を「ヒトも含めたあらゆる生物の、全ての社会行動の生物学的基盤に関する体系的な研究」と位置づけ、ヒトの精神の進化や生物学的基盤も正面から論じ、大きな反響と論争を巻き起こした。進化心理学は社会生物学の成立から大きな影響を受けている。1988年にはミシガン大学において進化心理学の中心的学会、HBESが設立された。
進化心理学の妥当性をめぐっては論争があり、批判は大きく二つに分けられる。一つは進化心理学自体を認めない立場である。文化人類学者や社会学者、哲学者、そして生物学者の一部がとっているヒトの精神には生物学的基盤が無く進化の文脈では扱えないとする立場、スティーヴン・ジェイ・グールドのような適応主義的アプローチ自体への反対、メアリー・ミッジリーのような精神や行動の遺伝的研究は危険であるとする政治的妥当性を問題視する立場が含まれる。