連邦準備制度
Federal Reserve System (英語)
FRSのあるエクルズ・ビル(Eccles Building)
所在地ワシントンD.C.
議長ベン・バーナンキ
国 アメリカ合衆国
通貨アメリカ合衆国ドル
ISO 4217 コードUSD
基準貸付利率2%
預金基準金利3.5%
ウェブサイト ⇒federalreserve.gov
連邦準備制度(れんぽうじゅんびせいど、Federal Reserve System, FRS)はアメリカ合衆国の中央銀行で、ワシントンD.C.にある連邦準備制度理事会 (Board of Governors of the Federal Reserve System または Federal Reserve Board, FRB) が全国の主要都市に散在する連邦準備銀行 (Federal Reserve Banks, FRB)を統括する組織形態を特徴とする。英語では主に the Fed と略称する。
日本での略称は FRS だが、実際には連邦準備制度と同理事会はあまり区別されずに両者とも FRB と呼ばれることが多い。また、連邦準備制度理事会の長 (Chairman of the Federal Reserve Board) は理事長ではなく議長と呼ばれる。2006年2月1日からはベン・バーナンキ議長。
目次
1 歴史
2 主要業務
3 組織
3.1 連邦準備制度理事会
3.2 連邦公開市場委員会
3.3 連邦準備銀行
4 連邦準備銀行の株主
5 歴代議長
6 参考文献
7 外部リンク
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1776年の建国以来、アメリカ合衆国には中央銀行はなく、ニューヨーク、シカゴなど全国12の連邦準備銀行がそれぞれ民間銀行の預金準備と紙幣の発券などを行っていた。しかし、1907年にロンドンでの米銀の手形割引拒否に端を発する恐慌が起き、アメリカ合衆国内の決済システムが混乱した。その対策として、J.P. モルガンやポール・ウォーバーグやジョン・D・ロックフェラーの後ろ盾の元に、1913年に、ウッドロー・ウィルソン大統領がオーウェン・グラス法に署名し、同年多くの上院議員が休暇中の12月23日に、ワシントンD.C.に駐在する連邦準備制度理事会と12地区に分割された連邦準備銀行により構成される連邦準備制度が成立した。発足当時は、政府の強い影響を受け、金融政策の独立性は保証されなかったとされるが、ノーベル賞受賞経済学者のミルトン・フリードマンをはじめとして、「世界恐慌にまで発展した1920年代のアメリカの金融バブル崩壊に際して、連邦準備制度が明白な不作為によって事態を深刻化させた」と指摘している論者がいる[1]。
第二次世界大戦後、ブレトンウッズ体制がスタートし、FRBと財務省が協定を締結し、金融政策の独自性を持つようになったとされる。
主要業務フェデラル・ファンド金利の推移(1954年-2005年)
市中銀行の監督と規制
金融政策の実施
支払制度の維持
財務省証券(国債に相当)の売買(公開市場操作)
連邦準備制度理事会 (Federal Reserve Board) は連邦準備制度の統括機関。中央銀行に相当。14年任期の理事7人によって構成され、理事の中から議長・副議長が4年の任期で任命される。議長・副議長・理事は大統領が上院の助言と同意に基づいて任命する。
金融政策の策定と実施を任務としており、また連邦準備制度の活動の最終責任を負う。
連邦公開市場委員会 (Federal Open Market Committee, FOMC) は、FRBが定期的に開く会合で、FRB理事7人と連邦準備銀行総裁5人(ニューヨーク連銀総裁と、持ち回りで選ばれる他地区連銀の総裁4人。それ以外の地区連銀総裁も議論には参加するが議決権はない)で構成されるアメリカの金融政策決定機関である。議長はFRB議長、副議長はニューヨーク連銀総裁が担当する。
FOMC定期的会合は年間8回開かれ、フェデラル・ファンド金利の誘導目標、及び公定歩合が決定されるが、市場の急変などでは臨時会議が開かれ、暫定的に公定歩合などが決定される(例:2000年末の株価大暴落時や、エンロンショック、2007.8.17の.5%引き下げ等)。
連邦準備銀行 (Federal Reserve Banks) は市中銀行の監督と規制など、公開市場操作以外の連邦準備制度の業務を行ない、また連邦準備券(ドル紙幣)の発行を行なう。連邦銀行(連銀)と呼ばれることもある。 以下の12地区に分割されている。
第1地区 ボストン連邦準備銀行
第2地区 ニューヨーク連邦準備銀行
第3地区 フィラデルフィア連邦準備銀行
第4地区 クリーブランド連邦準備銀行