連立政権(れんりつせいけん)とは、2つ以上の政党からなる連合政権の一形態。連立内閣(れんりつないかく)などとも言う。多くの場合議院内閣制をとる国で、どの政党も議会内において単独で多数(過半数)を制し得ないときに成立する。また政党システムが二大政党制となっている場合には一政党が単独で過半数を制することが多いので成立しにくいが、多党制となっている場合には単独政党では過半数に及ばないことが多いので成立しやすい。
目次
1 各国の連立政権
1.1 ドイツ
1.2 日本
2 連立成立までの過程
3 連立政権の政策過程
4 関連項目
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比例代表制を採用している国では、大政党といえど過半数が取れないことが多く、例えばドイツ連邦共和国は戦後の内閣はすべて連立政権である。
ドイツのキージンガーやメルケル政権のように、普段は競合関係にある二大政党が何らかの理由で連立政権を組むような場合は「大連立」と呼ぶ。
日本では、戦前や戦後の混乱期、1955年の保守合同で自由民主党が成立するまでは連立政権が多く見られた。以後、長期にわたって自民党の単独政権が続いた。いわゆる55年体制以降で連立政権が初めて誕生したのは1983年の自由民主党と新自由クラブとの連立である。1979年の衆議院総選挙直後、第2次大平内閣の発足時、与野党の議席差が伯仲し、新自由クラブとの閣内連立を模索したこともあったが、結局与党内の反発を招きご破算になった。1989年の第15回参議院議員通常選挙で、自由民主党が非改選議席を合わせても過半数に届かず大敗を喫した以後は、連立を組まざるを得ない状況が慢性化している。
2007年現在、日本の政権は自由民主党、公明党による自公連立政権である。2007年11月には民主党と自民党により、政策協議が開かれ、自民党の福田首相は民主党代表小沢一郎に連立政権を申し入れたが、民主党側が拒否し、物別れに終わった。(大連立構想 (日本 2007))
1955年以降の歴代連立内閣
保守連立政権
第2次中曽根内閣 - 自由民主党、新自由クラブ
非自民・非共産連立政権
細川内閣 - 日本新党、日本社会党、新生党、公明党、民社党、新党さきがけ、社会民主連合、民主改革連合
羽田内閣 - 新生党、公明党、日本新党、自由党、民社党、民主改革連合、改革の会
自社さ連立政権
村山内閣 - 日本社会党、自由民主党、新党さきがけ、(政務次官のみ、自由連合)
第1次橋本内閣 - 自由民主党、社会民主党、新党さきがけ
自自政権
小渕内閣 - 自由民主党、自由党
自自公政権
小渕内閣 - 自由民主党、自由党、公明党、(政務次官のみ、改革クラブ)
自公保政権
森内閣 - 自由民主党、公明党、保守党、(政務次官のみ、改革クラブ。第42回総選挙まで)
第1次小泉内閣 - 自由民主党、公明党、保守新党
自公連立政権
小泉内閣(第2次以降) - 自由民主党、公明党
安倍内閣 - 自由民主党、公明党