通過儀礼(つうかぎれい、 ⇒Initiation、 ⇒rite of passage)とは、出生、成人、結婚、死などの人間が成長していく過程で、次なる段階の期間に新しい意味を付与する儀礼。人生儀礼ともいう。イニシエーションの訳語としてあてられることが多い。通過儀礼を広義に取り、人生儀礼を下位概念とする分け方もある。 イニシエーションとして古来から行われているものとしては割礼や抜歯、刺青など身体的苦痛を伴うものである事が多い。 こうした事例は文化人類学の研究対象となっている。
目次
1 日本における通過儀礼
2 キリスト教社会における通過儀礼
3 通過儀礼の観光化
4 関連文献
5 脚注
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近世日本の武家階級では元服というものがあり、服装、髪型や名前を変える、男子は腹掛けに代えてふんどしを締める(褌祝)、女子は成人仕様の着物を着て厚化粧する、といったしきたりもあった。 地域によっては男子の場合、米俵1俵を持ち上げることができたら一人前とか、1日1反の田植えができたら一人前とかいった、年齢とは別の成人として認められる基準が存在した例もある。 明治時代以降は徴兵検査が一種の通過儀礼の役割を果たした。
現代の日本社会に於いては、七五三などの幼少時の通過儀礼や、還暦祝いなどの老年期の通過儀礼は残っているものの、通常最も重んじられるはずの「子供から大人への通過儀礼」があいまいになってきている。現実に18歳以上の普通自動車運転免許の取得の資格、20歳以上の選挙権の行使など、一定年齢になれば法律上自動的に権利が与えられるものはあっても、儀式としては、形式的な成人式以外に通過儀礼と呼べるようなものが無く、通過儀礼がその役割を果たしていない事が大人と子供の境界をあやふやにしており、様々な社会問題の一因になっているという考え方もある。
また、戦後の日本では、小学校を卒業し、中学校に入学することが、大人への第一歩と見做す考えも強かった。1984年4月3日付け朝日新聞社説では、「中学生になった君たちへ」と題し、「中学生になることは、大人への第一歩だ。男子なら、半ズボンを穿かなくなる」と述べている。半ズボン卒業が、一種の通過儀礼の意味をなしていたわけだが、1990年代後半以降の、若者服起源のハーフパンツの普及と、逆に小学生の間で半ズボンが廃ってきたことにより、この通過儀礼も消滅した。ただし、児童から生徒への呼称の変更、英語の学習の開始、教科別の教師、大部分の学校での制服着用の開始など、小学生から中学生になる場合の通過儀礼的な要素は、今でも残っている。
大学の入学式、企業への入社式といったものはあるが、これらは所属集団への入会儀式で、人生の節目となるほどのものではない(広義の通過儀礼)。他に、大学・高校の入学試験や、それに伴う長期の受験勉強、あるいは運転免許証の取得[1]などを通過儀礼と考える人もいる。
カトリック教会における秘跡は、通過儀礼としての性質を併せ持っているものが多い。洗礼(幼児洗礼)や初聖体、堅信などは典型的な例である。プロテスタント教会における幼児洗礼や信仰告白、正教会における聖洗も同様である。
なお、プロテスタント教会であっても幼児洗礼を行わないバプテスト派の洗礼(浸礼という)は、通過儀礼というよりは入会儀式の性格が強い。
通過儀礼を娯楽化したものとしては、バンジージャンプが有名である。
フランスのファン・ヘネップによる研究(『通過儀礼』1909年)が有名である。
脚注^ 日本においては自動車教習所においては、指導員と教習生の間には著しいパワー関係の隔たりがあり、場合によっては教習生は指導員の厳しい叱責や屈辱的な言辞に耐えなければ免許を取得できない事情から、ユーモアの意味を込めてこれを通過儀礼という場合がある。
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更新日時:2008年6月15日(日)19:04
取得日時:2008/07/20 23:19