農林水産大臣(のうりんすいさんだいじん)は、日本の農林水産省を所管する国務大臣である。
1925年以前及び1943年 ‐ 1945年までの農商務大臣・農商大臣の一覧表は農商務省の項目を参照。
目次
1 概要
2 呪われたポスト?
3 歴代大臣
3.1 農林大臣
3.1.1 戦前
3.1.2 戦後
3.2 農林水産大臣
4 関連項目
5 外部リンク
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広く農林水産行政を統括するポスト。農村を重要な支持基盤としていた戦後の自民党政権において、重要な閣僚の一つであり、有力政治家の歴任も数多い。
近年はWTOの通商交渉や「食の安全」などを巡って注目されることが多く、とりわけ通商交渉にあたっては国際交渉力に加え、国内の農業団体・農林族議員を押さえ込める政治力が求められる。このため、農水省OBや農林族の有力政治家が任命されることが多いが、以下のように近年は諸問題から任期途中に職を離れるケースが相次ぎ、山積する重要問題を前に「職員の志気を損ねる」「国益に反する」などとの批判が多い。
閣僚としての重要性が増す一方で、近時農林水産大臣に就任した政治家は様々な問題に直面し、職をまっとう出来ないケースも少なくない。このため、しばしば「鬼門」「呪われたポスト」などと呼ばれる。
2001年に就任した武部勤はBSE問題を巡る失言などで強い批判を浴び、翌2002年の内閣改造で事実上の更迭、後任の大島理森は様々な疑惑から退任に追い込まれた(続く亀井善之は離任後まもなく病に倒れた)。2004年に就任した島村宣伸は翌年の郵政解散に反対して罷免。
特に2006年9月26日に発足した安倍内閣では農相の交代が頻繁に起こっており、最初就任した松岡利勝は、光熱水費問題を国会で追及され、戦後の閣僚としては初めて在任中に自殺。若林正俊の臨時代理を経て後任の赤城徳彦は、父親の自宅を事務所として届け出ていたことなどが問題となり、これが一因で7月の参院選における自民党敗北を招き、2007年8月1日に事実上の更迭。そして、若林正俊環境大臣の兼任を経て8月27日に発足した安倍改造内閣では遠藤武彦が就任するも、置賜農業共済組合掛金不正受給問題などを追及され、9月3日に辞任。在任期間8日間という近年では稀に見る異例の事態となった。後任はまたも若林。同一政権下で臨時兼任も含めると3か月余りの間で3度目の農相就任となった。2008年8月にも、太田誠一による事務所費問題も浮上。
なお、日本国憲法下における閣僚罷免例は過去4例あるが、そのうち3例は農相である。
農林大臣
辞令のある再任は記載し、辞令のない留任は記載しない。
臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
兼任は、他の大臣が同時に務めることをいい、臨時代理とは異なる。
農林大臣(農林省)
代氏名内閣就任日出身党派
1高橋是清加藤高明内閣1925年4月1日
商工大臣兼任立憲政友会
2岡崎邦輔1925年4月17日立憲政友会
3早速整爾1925年8月2日憲政党
4第1次若槻内閣1926年1月30日
5町田忠治1926年6月3日憲政党
6山本悌二郎田中義一内閣1927年4月20日立憲政友会
7町田忠治濱口内閣1929年7月2日立憲民政党
8第2次若槻内閣1931年4月14日
9山本悌二郎犬養内閣1931年12月13日立憲政友会
10後藤文夫齋藤内閣1932年5月26日貴族院議員
11山崎達之輔岡田内閣1934年7月8日立憲政友会→昭和会
12島田俊雄廣田内閣1936年3月9日立憲政友会
13山崎達之輔林内閣1937年2月2日昭和会
14有馬頼寧第1次近衛内閣1937年6月4日貴族院議員