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身土不二
(しんどふに)仏教用語。「身」(今までの行為の結果=正報)と、「土」(身がよりどころにしている環境=依報)は切り離せない、という意味。
(しんどふじ)食養運動のスローガン。「地元の旬の食品や伝統食が身体に良い。」という意味で、大正時代に「食養会」が創作した。
目次
1 仏教用語での「身土不二」
2 食運動での「身土不二」
2.1 身土不二の科学的根拠について
2.2 日本農業と身土不二
2.3 地産地消と身土不二
3 脚注
4 関連項目
5 参考文献
6 外部リンク
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「因果応報」「世は人を映す鏡、人は世を写す鏡」と説明されることもある。 唐の僧 妙楽大師湛然の『維摩疏記』、南宋の僧 智円の『維摩經略疏垂裕記』(「二法身下顯身土不二 由依正不二故便現身即表國土 離身無土者荊溪云 此是法身身土不二之明文也」 )、日蓮の『三世諸仏総勘文教相廃立』、無住道暁の『雑談集』(1305年頃)、親鸞の『教行信証』にもこの用語がみられる。山下惣一の著作『身土不二の探求』(1998年、ISBN 4-88340-057-3)に『廬山蓮宗寶鑑』(普度法師、1305年)が初出であると記述され、広まっている。
1907年(明治40年)、陸軍薬剤監の石塚左玄を会長として発足した食養会は、食事で健康を養うための独自の理論を展開した。その中に、その土地、その季節の食物がいいという考えがあった。
1912年(明治45年)、食養会理事で陸軍騎兵大佐の西端学が、この考え方を表すために提唱した[1]。石塚の考えを一般化するために「地元の食品を食べると身体に良く、他の地域の食品を食べると身体に悪い。」と解説したところ、京都の僧侶が「仏典に身土不二という言葉がある。」と教えた。仏典とは意味が違うが、西端は以降この説を「身土不二(じ)」と呼び、食養会独自の大原則として広めた。
昭和に入ると、「地元の食品が身体に良いという考えは、仏教に基づく日本の伝統。」との説が、有機農業・自然食販売業・生協運動・一部農業団体・代替医療などの分野で広まった。例えば、食養思想を元にマクロビオティックを創始したことで知られる桜沢如一が、身土不二は法華経に基づくと記している。
1989年に韓国農協中央会会長ハン・ソホン氏が、日本の有機農業の本を読んで「身土不二」の語を知り、国産品愛好運動スローガンに使用した。しかし、当時の国情から、日本語であることを明かせないため「中国仏典の教え。中国の古くからの伝統。」と説明したところ、一大ブームになった。このブームが90年代半ば日本に紹介され、身土不二が一般にも知られるようになったが、同時に、「中国の伝統」「韓国の伝統」など様々な語源説が広まる契機となった。
旬の食べものは栄養価が高く、新鮮な食べものはおいしく栄養価の損失が少ないことが知られている。また輸送コストが削減され、産地偽装もしにくくなるなどのメリットがある。 海外では、地元産の食品だけを長期間食べたことによる健康被害が多数報告されている[要出典]。例えば、地元特産のマメの毒素が蓄積して歩行困難になった例や、特定のミネラルが不足して死亡した例が知られている[要出典]。
桜沢は、ミカン、トマト、バナナ等、今日では健康的とされる様々な食品も身土不二に基づき禁忌とした。
国産農産物の有利販売や食糧自給率の向上につながると考えて、身土不二を掲げる農家・農業団体も多い。
90年代以前に身土不二を唱えた者は、地産地消に批判的だった。
地産地消事業は、伝統食を改善しつつ、農家女性や高齢者の生き甲斐と所得を向上させる目的で1981年(昭和56年)に始まった。