富山ライトレールのポートラム広島電鉄の最新車両5100形「Green mover max」熊本市交通局の日本初の超低床電車9700形鹿児島市交通局の日本初の国産超低床路面電車「1000形ユートラム」ゴムタイヤトラム
(フランス・ナンシー)オランダ・アムステルダムハンガリー・セゲドにおけるタトラKT4トラムブダペストのコンビーノ製車両と在来型車両.
路面電車(ろめんでんしゃ、Tram、Tramway、Street Car)とは、主に道路上に敷設された軌道(併用軌道)を走行する電車である。
目次
1 概要
2 歴史
3 日本の路面電車
3.1 公共交通とまちづくり会議
3.2 導入構想
3.3 路面電車の日
3.4 各地の路面電車
3.5 「チンチン電車」という通称
4 路面電車関連用語
5 注釈
6 関連項目
7 外部リンク
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ドイツ、ロシア、ウクライナを中心に、世界約50か国の約400都市に存在する。都市内およびその近郊で旅客の移動手段として利用されているものが多い。
路線は、一般的に路面を走行するものの、郊外では別個に専用軌道(日本の軌道法では新設軌道に相当)を設ける場合が多い。一方、市街地においても地下化もしくは高架化で道路との分離を図った区間も多いが、近年は逆に路面から乗降できることが評価され、トランジットモールが欧州を中心に普及している。
もともとは、乗合馬車そして馬車鉄道を発祥とする。その動力を馬力以外に変換する際に蒸気動力などが試みられたが、もっとも普及したのが電気動力であった。これは1879年にドイツの電気会社、シーメンスがベルリン博覧会でデモンストレーション走行させたのがはじまりで、1881年にはベルリン郊外での運行が開始された。その後、1887年にアメリカ人のスプレーグが自国のバージニア州リッチモンドに架線集電方式と釣り掛け駆動を用いたシステムを建設。これが高い信頼性から一般的なシステムとなり世界的に普及してゆくことになる。 なお、欧州において電気軌道と一般鉄道が別個のシステムと認識される背景には、そもそもの発祥が全く異なるという理由がある。
電気軌道(路面電車)は先ず米国の各都市で、続いて欧州各国で普及してゆく。特に米国では、専用軌道化や運転速度の向上などシステムを高度化し都市と都市を結ぶインターアーバンにも発展した。しかし、1920年代に入ると、米国では自家用車が普及し、多くの都市で廃止されてゆく。欧州の一部でも戦前までにこの流れでロンドン、パリ[1]などの都市で廃止された。
一方で、旧ソ連と東欧諸国、そして西ドイツでは、第二次世界大戦後も路面電車を活用した。西ドイツでは小規模なものは廃止になったが、人口20万人以上の都市では、連接電車の投入や運賃の収受に信用乗車方式を導入するなど、輸送力増強と生産性向上に努めた。路線網のスクラップアンドビルドも盛んで、郊外への路線延長を図る一方で中心地の路線の地下化なども行われた。
これらの一部は、1960年代後半以降、専用軌道化など路線の高規格化を推進して速度の向上や定時性の確保を行った。フランクフルト・アム・マインやケルン、シュトゥットガルトなどに代表されるこの方式は、シュタットバーンと呼ばれるようになった。
これは新交通システムの開発で行き詰まっていたアメリカ合衆国に影響をあたえた。