長岡藩(ながおかはん)は、越後国古志郡にあって現在の新潟県中越地方の北部から下越地方の西部を治めた藩。現在の新潟県新潟市を支配した藩でもあった。山城長岡藩と、区別するため、越後長岡藩と国名を冠して標記されることもある。
藩庁は長岡城(長岡市)。藩主は牧野氏(一時、堀氏)。家格は、帝鑑間詰めの譜代大名で、石高は、はじめ62,000石。後に加増されて、74,000石。正徳2年(1712年)の内高は約115,300石、安政元年(1858年)には、約142,700石あった。
目次
1 歴史
1.1 沿革
1.2 藩主・牧野氏
1.3 幕政参与
1.4 農民一揆と栃尾問題
1.5 幕末・維新期の混乱
2 藩政
3 藩風
4 財政
4.1 新潟上知
4.2 信濃川の氾濫
4.3 重臣・上級藩士の過員
4.4 大飢饉
4.5 老中就任
5 歴代藩主
5.1 堀(ほり)家
5.2 牧野(まきの)家
6 越後長岡藩家臣団の概要
6.1 藩士の階層と区分
6.2 藩士の特別な格式
6.2.1 五家老家(老職五家)
6.2.2 先法家
6.2.3 着座家
6.2.4 御持筒組
6.2.5 三組衆(譜代足軽組)
7 職制
7.1 評定役
7.1.1 家老職
7.1.2 中老
7.1.3 奉行職
7.1.4 寄会組
7.2 取次・用人
7.2.1 側用人との違い
7.3 役方の各奉行職
7.3.1 町奉行
7.3.2 郡奉行
7.3.3 新潟町奉行(初期は新潟代官)
7.3.4 勘定奉行(勘定頭)
7.3.5 宗門奉行(宗門改役)
7.3.6 普請奉行
7.3.7 その他の諸職
7.4 目付等
7.5 守役
7.6 江戸組
7.6.1 (江戸)家老
7.6.2 江戸留守居役(御城使)
7.6.3 公用人
7.6.3.1 京詰めと公用人