超音速
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超音速飛行による衝撃波 緑色で描かれた地表では放物線状の黄色い領域で衝撃波を受ける

超音速(ちょうおんそく、Supersonic)とは、音速を超えた速度のことを言う。音速は海面上の空気中で秒速343メートル、または時速1225キロメートルなので、それを超える速度を超音速という。音速をマッハともいうが、マッハ5以上のスピードはしばしば極超音速 (hypersonic) とも言われる。

音の正体は振動性の媒体による振動である。気体中の音はほとんどが気体分子量と温度に依存していて、圧力はより少ない影響だが異なる速度で縦向きに伝達される。空気の温度と分子の構成は高度によってはっきりと変化するので、航空機のマッハ数は海面上の音速のことをさすことになる。室温の水中では、超音速は秒速1440メートル(秒速4724フィート)以上である。固体中では、音の波は縦向きまたは横向きであり、より速い速度で伝達される。
目次

1 超音速に達する物体

2 音速の壁を破る

3 関連項目

4 翻訳元記事

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超音速に達する物体

多くの現代戦闘機は超音速である。また、コンコルドツポレフTu-144超音速旅客機である。しかし、コンコルドは2003年11月26日以降は業務についていないので、現在は業務用超音速旅客機は残っていない。

ほとんどの現代軍用小火器の銃弾は超音速である。ライフル弾の初速はマッハ3といわれる。


音速の壁を破る

1942年、英国の航空大臣は、音速の壁を破ることのできる世界で最初の航空機を開発する計画を、Miles Aircraftとともに極秘で開始した。結果として、この計画はマイルス M.52試作機を開発した。これは高度11キロメートル(36000フィート)において、1分30秒で時速1600キロメートル(時速1000マイル)に達するように設計された。

この航空機の設計には、現在の超音速航空機でもいまだ使われているような多くの革新的技術が導入してあった。唯一最重要な進化は、超音速下でも操縦性を維持させる全可動尾翼であった。これはMiles ReserchのDennis Bancroftと彼のプロジェクトチームによる独創案の産物であった。この計画は、どんな人を乗せた戦闘が行われるよりも前に科学研究所所長のBen Lockspeiser卿によって中止された。後に政府命令によって、すべての設計データとマイルス M.52に関する調査結果は米国のベルエアクラフトに送られた。お互いの管理者間での情報交換の合意はあったが、伝えられていることによると英国のデータを受け取った後に、米国政府は取り扱いを封印したという。後のマイルス M.52に関する設計検証実験では、その航空機は確かに音速の壁を破っていた。その実験では、人が乗っていない3/10スケールの模型が1948年10月にマッハ1.5を達成した。

チャック・イェーガーは、1947年10月14日に水平飛行で最初に音速の壁を破った人である。ベルX-1実験機に乗り、13.7キロメートル(45000フィート)の高度をマッハ1で飛行した。

Hans Guido Mutke(独)は、イェーガーより前の1945年4月9日にメッサーシュミットMe262に乗って音速の壁を破ったと主張した。しかしながら、この主張には異議が多い。

Richard NobleとAndy Greenドライバー率いるプロジェクトチームは、イェーガーのまさに50年後の1997年10月15日に、Thrust SuperSonicCarとよばれる車で音速の壁を最初に突破した。


関連項目

音速

流れ

音の壁

衝撃波

ソニックブーム


翻訳元記事

英語版 ⇒Supersonicより カテゴリ: | 速度 | 航空の歴史

更新日時:2008年5月26日(月)08:37
取得日時:2008/08/16 10:19


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki