思想
共産主義 ・ 社会主義
マルクス・レーニン主義
スターリン主義
最高指導者
レーニン ・ スターリン
マレンコフ ・ フルシチョフ
ブレジネフ ・ アンドロポフ
チェルネンコ ・ ゴルバチョフ
組織
ボリシェビキ ・ メンシェビキ
ソビエト連邦共産党
チェーカー ・ ゲーペーウー
ソ連国家保安委員会
歴史
ロシア革命 ・ 大粛清 ・ 独ソ戦
冷戦 ・ 8月クーデター ・ ソ連崩壊
赤軍(せきぐん;ロシア語Красная Армияクラースナヤ アールミヤ)は、1918年から1946年にかけてロシアやソビエト連邦などに存在した軍隊である。赤は、革命によりソビエト国家が誕生するまでに流されてきた労働者の血を意味している。
なお、赤軍とは厳密には1918年に組織された労働者・農民赤軍(ろうどうしゃ・のうみんせきぐん;Рабоче-крестьянская Красная Армияラボーチェ・クリスチヤーンスカヤ・クラースナヤ・アールミヤ、略称:労農赤軍;РККАエールカーカーアー)のことを指すが、広義には革命直後から存在した赤衛隊(Красная гвардияクラースナヤ・グヴァールジヤ)も含めて「赤軍」と呼び習わす。特にロシア内戦期には、赤軍という名称はボリシェヴィキの軍隊を指す代名詞としてしばしば用いられることがある。
目次
1 概要
2 組織
2.1 統制機構
2.2 軍事行政単位
2.3 海軍
3 戦歴
4 関連項目
5 外部リンク
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1917年に発生したロシア革命後の1918年1月28日(ユリウス暦1月15日)、人民委員会議は、それまでにあった赤衛隊を基に、「労働者・農民赤軍(労農赤軍)」の創設を布告した。2月23日には、ソビエト・ロシアに対する干渉戦争において、赤軍がドイツ軍に勝利しており、ソ連の陸海軍記念日となった。
ロシア内戦中の赤軍創設を指揮したのが、1918年から1925年にかけて軍事人民委員(軍事大臣に相当)であったレフ・トロツキーである。初期の赤軍は、志願兵によって構成されたもので、階級やそれを表す記章がなく、将校は民主的な選挙によって選ばれていた。のちには、軍隊への参加が義務となり、またすべての部隊に政治将校が割り当てられた。帝政時代の遺物として廃止されていた職業軍人による将校制度も、1935年復活した。1937年から1939年の大粛清では、ほとんどすべての高級将校が追放されるか、粛清されるかしている。そのために近代化が遅れ、有能な指揮官が殆どいなくなったため、第二次世界大戦初期には敗北が続いた。
ナチス・ドイツ軍のソビエト連邦侵攻時、赤軍は約150万人であった。続く第二次世界大戦中は、1500万から2000万人にまで膨れ上がっている。その内、700万から1000万人が死亡した。第二次世界大戦後は、約500万人に減少し、冷戦の終結時には、300万人になっていた。
第二次世界大戦後期における、ソ連西部、東欧、ドイツの「解放」において、赤軍は残忍で大規模な殺人・略奪・強姦を行った。世界難民問題研究会協会のドイツ課長であるライヒリンク博士によれば、ソ連赤軍がベルリンまで侵攻してくる間に、190万人の女性が強姦されたという。また、第二次世界大戦末期にソ連が日ソ中立条約を一方的に破って千島列島や南樺太、満州から朝鮮半島に侵攻した時も、ソ連赤軍は満州・南樺太・朝鮮半島などに住む多数の日本人女性を集団的に強姦した。