赤色テロ(せきしょくテロ)とは、反体制派の共産主義者、もしくは政権掌握したばかりの共産主義者が行うテロリズムのこと。この対義語に権力側(長く体制側にいる共産主義者も含む)によるテロ、すなわち白色テロがある。「白色テロに対する赤色テロ」という用語はマルクスの文献においても見られるが、本格的に行われるようになったのは、ロシア革命後にレーニンが樹立したボルシェビキ政権からである。
レーニンは早くから革命にはテロリズムは必要不可欠であると考えていた。彼はフランス革命やロシアのアナキズムを研究し、熱心にテロを奨励したと言われている。レーニンは自身が狙撃された暗殺事件後の1918年9月、「赤色テロ」政令を発して、「白色テロには赤色テロで応じる」ことを宣言した。しかし既にボルシェビキによるテロはいたる所で行われており、この宣言はそれを正当化する意味合いが強い。レーニンは、秘密警察チェカ(非常委員会、後のKGB)を動員して反対派を徹底的に粛清。国民に密告を奨励して「反革命」とみなされた人物を次々と逮捕し、処刑した。チェカの地方幹部が暗殺されるとボルシェビキ政権は報復として市民500人を銃殺[要出典]、さらにロマノフ朝最後の皇帝であったニコライ2世一家がエカテリンブルグで全員虐殺されると、「赤色テロ」による恐怖支配に全世界は震撼した。
主要な赤色テロ
アレクサンドル2世暗殺事件(ロシア帝国)
大逆事件(幸徳事件、もしくは幸徳秋水事件)(大日本帝国)
ニコライ2世一家惨殺事件(ソビエト)
ボリシェヴィキによるロマノフ王朝富裕層、反革命勢力の虐殺(ソビエト)
ネストル・マフノ率いる反乱農民軍への弾圧(ソビエト)
クロンシュタットの反乱弾圧(ソビエト)
社会革命党弾圧(ソビエト)
尼港事件(ソビエト、大日本帝国)
普天堡の戦い(大日本帝国、朝鮮)
南ベトナム民族解放戦線による市民の殺害・誘拐(ベトナム)
整風運動(中華人民共和国)
文化大革命(中華人民共和国)
よど号ハイジャック事件(日本)
あさま山荘事件(日本)
三菱重工爆破事件(日本)
北海道道庁爆破事件(日本)
テルアビブ空港乱射事件(イスラエル、日本)
ドバイ日航機ハイジャック事件(日本)
ハーグ事件(オランダ、日本)
クアラルンプール事件(マレーシア、日本)
ダッカ日航機ハイジャック事件(インド、日本)
ジャカルタ事件(ジャカルタ、日本)
三井物産マニラ支店長誘拐事件(フィリピン、日本)
ローマ事件(イタリア、日本)
ナポリ事件(イタリア、日本)
モーロ元首相誘拐事件(イタリア)
在ペルー日本大使公邸占拠事件(ペルー、日本)
関連項目
共産主義
白色テロ
山村工作隊
中核自衛隊
東アジア反日武装戦線
センデロ・ルミノソ
赤い旅団
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