賈慶林(かけいりん、Jia Qinglin、1940年3月 - )は中華人民共和国の政治家。第16期中国共産党中央政治局常務委員、第10期全国政治協商会議主席。
1940年3月、河北省泊頭生まれ。1958年に河北工学院電力学部入学し、電気設計と製造を専攻。在学中の1959年12月に中国共産党入党する。
1985年から1996年の間に常務副書記、省長、省委書記など福建省の要職を歴任。失脚した陳希同に代わって北京市長など、汚職捜査指揮を取っていた慰健行の後任として北京市党委書記に就任。1999年から中央政治局委員を務める。
2002年11月に中央政治局常務委員、2003年に3月全国政治協商会議主席に就任。党内序列第4位。
北京市長就任に関しては、喬石、胡錦濤、朱鎔基などがそれぞれ別の推薦者を出していたが、江沢民の強い推薦もあり、就任が決定した。また福建時代に夫人がアモイで発生した遠華密輸事件に関与したとの噂も流れたが、これも江沢民のお陰でうやむやにされた。これらの点から、賈は上海出身ではないものの黄菊と共に特に熱心な江沢民派と目されている。なお、政治局常務委員就任に際しては同じく江沢民派である曽慶紅、黄菊と共に1割程度の批判票が出た。
2004年9月2日、賈慶林の北京市党書記の任期中に直接又は間接に迫害を受けたと主張する法輪功学習者が、スペインのマドリード国家裁判所に訴状を提出し、集団虐殺罪および拷問罪で賈慶林を告訴した。2006年6月6日、スペイン最高裁判所刑事法廷は、数名の法輪功学習による集団虐殺罪で中共高官の賈慶林氏への上訴を受け取り、スペイン国家裁判所に審理および調査をするようにと命じた。中国共産党は、この問題に関して「スペイン政府が適切にこの問題を解決してほしい」と発言した。
また、2007年9月14日、来日中の賈慶林を法輪功学習者2人が大阪地裁に集団虐殺罪で提訴した。翌日の15日には、日本各地から数百人の法輪功学習者が応援のために神戸に集まり、市内の公園で集会を開き、3時間近くにわたりデモ行進した。
賈慶林は、オーストリアやウクライナでも、同じ罪状で法輪功学習者から提訴されている。
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カテゴリ: 中華人民共和国の政治家 | 北京市長 | 1940年生
更新日時:2008年7月15日(火)15:45
取得日時:2008/07/16 15:50