このページは半保護の方針に基づき、一部ユーザーによる編集から保護されています。
人物に関する記述について
本人が公開していない個人情報(本名、生年月日、出身地・出身学校など)、顕著な活動をしていない親族(親戚、兄弟姉妹、配偶者、子供など)、執筆者の憶測、出典の無いまたは信頼性の乏しい出典によるもの、潜在的に論争となりうる(特に存命人物に対する名誉棄損や侮辱に該当するもの)記述などを見つけた場合は速やかに除去した後、ノートで報告および議論の上合意を形成してください。詳しくは存命人物の伝記やプライバシー問題に関してを参照してください。
豊田 章一郎(とよだ しょういちろう、1925年2月27日 - )は、愛知県出身の実業家、技術者。豊田佐吉の孫で、豊田喜一郎の長男。自身の長男は、トヨタ自動車副社長の豊田章男である。
東京都立一中、第一高等学校を経て、名古屋大学工学部、東北大学大学院で学ぶ。
父・豊田喜一郎の命で、建設業や食品業を経験した後1952年にトヨタ自工に入社する。父の従兄弟に当たり、実質的な後見人であった豊田英二によって帝王教育を受け、石田退三社長以来絶えていた、豊田本家出身者への社長職「大政奉還」の旗印となる。
1982年、トヨタ自工・自販の合併に誕生した今日のトヨタ自動車初代社長に就任。以後、会長、名誉会長等を歴任し、第8代日本経済団体連合会の会長、2005年日本国際博覧会協会会長を務めた。また同首相特使として、博覧会参加各国の元首・首相との会談を行う。万博開催前から、博覧会協会の後継組織である地球産業文化研究所理事に就任している。現在、デンソーの取締役を務める。
また、技術者としては品質管理においてデミング賞を受賞するなどの功績を収めている。ものつくり大学名誉会長、海陽学園創立者(現海陽中等教育学校理事長)であり、社会福祉法人恩賜財団済生会会長、発明協会会長でもある。2007年、自動車殿堂(米国ミシガン州)に選入された( ⇒Automotive Hall of Fame)。
娘婿の藤本進が大蔵省の駐在員として出向していたことから、マニラで奥田碩と知り合う。以後、交流を深め、奥田改革の後ろ盾、豊田本家としてグループ全体の求心力の役も果たした。
受勲
勲一等瑞宝章(1995年)
勲一等旭日大綬章(2002年)
大英帝国勲章KBE(1995年、イギリス)
レジオンドヌール勲章グラン・ドフィシエ(2005年、フランス)
桐花大綬章(2007年)
先代:
豊田英二(1967年?1982年)トヨタ自動車社長
第6代:(1982年?1992年)次代:
豊田達郎(1992年?1995年)
先代:
平岩外四経済団体連合会会長
第8代:1994 - 1998次代:
今井敬
先代:
中川良一自動車技術会会長
第11代:1976年 - 1979年次代:
高橋宏
外部リンク
⇒2007年の殿堂入り人物紹介 -豊田章一郎(Automotive Hall of Fame、英語)
カテゴリ: 編集半保護中の記事 | 日本の実業家 | 日本の技術者 | トヨタ自動車の人物 | 大英帝国勲章 | 学校法人の理事長 | 愛知県出身の人物 | 1925年生
更新日時:2008年5月29日(木)05:43
取得日時:2008/11/11 13:43