衆議院議員 谷垣 禎一
(たにがき さだかず)
生年月日1945年3月7日(63歳)
出生地京都府福知山市
出身校東京大学
学位・資格法学士
前職弁護士
所属委員会
内閣役職
世襲2世
父・谷垣専一(元文相)
選出選挙区京都5区
当選回数9回
所属党派自由民主党(古賀派)
党役職党本部政務調査会長
会館部屋番号衆・第2議員会館212号室
⇒谷垣さだかずHP
谷垣 禎一(たにがき さだかず、1945年3月7日 - )は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(9期)。
郵政、防衛、大蔵各政務次官、科学技術庁長官(第58代)、金融再生委員会委員長(第3・4代)、国家公安委員会委員長(第69代)、産業再生機構担当大臣、食品安全担当大臣、財務大臣(第4・5・6・7・8代)、自由民主党政務調査会長、国土交通大臣(第9代)を歴任。宏池会(谷垣派)会長を務めた。
文部大臣を務めた谷垣専一は父。
目次
1 経歴
1.1 政界入り?宏池会のホープ
1.2 小泉政権
1.3 自民党総裁選初出馬
1.4 安倍政権以後
2 人物・エピソード
3 略歴
4 関係団体
5 脚注
6 関連項目
7 外部リンク
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京都府福知山市出身。麻布中学校・高等学校、東京大学法学部を卒業し、短期間の弁護士生活を経て、元文相で父・谷垣専一の死去に伴う補選で父の地盤を引き継ぎ、1983年衆議院旧京都2区補欠選挙に自民党より出馬し初当選。
宏池会では早くから将来を嘱望された。1996年に『文藝春秋』が企画した「現役政治部記者が選ぶ21世紀のリーダー」では既に3位に選出されている。翌1997年、第2次橋本内閣改造内閣の科学技術庁長官として初入閣。
1998年の金融危機にあって、小渕恵三総理大臣は宮澤喜一に大蔵大臣就任を要請。宮澤が就任条件の一つとして谷垣の政務次官就任をあげたため、閣僚経験者でありながら次官となった。続く「金融国会」において金融二法の成立に尽力、引続き国務大臣・金融再生委員会委員長に抜擢されたことで、経済政策のエキスパートとしての評価が高まった。
しかし続く森内閣では、加藤紘一の側近であったことから、2000年の加藤の乱に際して行動を共にして挫折。この際、山崎拓と二人だけで本会議に不信任票を投じに行こうとする加藤を、「大将なんだから、1人で突撃なんてダメですよ!」と涙ながらに慰留するシーンがテレビで放送され話題となった。
小泉政権2006年9月16日、先進7ヶ国財務相・中央銀行総裁会議にて日本銀行総裁福井俊彦らと
「加藤の乱」後は宏池会分裂により一時厳しい立場に追い込まれたが、2001年に小泉純一郎が首相となると谷垣は重用され、2002年秋以降は常に閣僚の座にあった。とりわけ要職である財務大臣を3年にわたって無難に務めあげたことで表舞台での活躍が増し、広く認知されるきっかけとなった。また2005年、小里貞利の引退により、会長席が空いた宏池会・小里派から加藤紘一最高顧問が離脱したのを機に、谷垣派を形成して派閥の領袖となる。名実ともに総裁候補となり、自然とポスト小泉「麻垣康三」の一人と目されるようになり、2006年の総裁選初出馬へと至った。