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獲得メダル
日本
女子 柔道
オリンピック
銀199248kg級
銀199648kg級
金200048kg級
金200448kg級
銅200848kg級
世界柔道選手権
銅199148kg級
金199348kg級
金199548kg級
金199748kg級
金199948kg級
金200148kg級
金200348kg級
金200748kg級
アジア大会
金199448kg級
アジア柔道選手権
金199148kg級
谷 亮子(たに りょうこ、旧姓:田村、1975年9月6日 - )は、福岡県福岡市出身の、日本人の女子柔道家(四段)である。オリンピックで2度、世界選手権で7度金メダルを獲得した。
目次
1 経歴
2 競技歴
3 柔道スタイル
4 人物像
5 エピソード
6 戦績
7 受賞
8 発言
9 谷亮子をモチーフとした作品
10 脚注
11 関連項目
12 外部リンク
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血液型はB型。階級は48kg級。福岡工業大学附属高等学校(現・福岡工業大学附属城東高等学校)、帝京大学文学部卒業、日本体育大学大学院在学。トヨタ自動車所属。日本オリンピック委員会・選手強化キャンペーン・シンボルアスリート制度を適用。夫はプロ野球選手の谷佳知。
キレのある立ち技を特徴とし、その実力から浦沢直樹の漫画『YAWARA!』の主人公の名前を取って柔(ヤワラ)ちゃんの愛称で広く知られる。
世界選手権6連覇、全日本体重別11連覇、福岡国際11連覇、五輪では2度の金メダル、2度の銀メダル、1度の銅メダルと出場した5大会全てでメダルを獲得するなど圧倒的な戦績を誇り、女子柔道、柔道の普及に大きな貢献をした。
小学校1年生から兄の影響で柔道を始める。小学校2年生のとき男の子を投げ飛ばして、けがを負わせたことがある[1]。
中学生の時の福岡国際女子柔道選手権(福岡国際)を15歳で優勝したのを皮切りに、全日本女子選抜体重別選手権(全日本)でも優勝し、五輪出場の権利を得た。1992年、16歳でバルセロナオリンピックに出場、決勝まで勝ち上がったが、セシル・ノバック( フランス)に僅差で敗れた。銀メダルを取ったものの、笑顔は全く無かった。
その後1993年の世界柔道選手権で優勝、1995年の世界柔道選手権でも優勝した。
1996年のアトランタオリンピックに出場。今度こそ金メダルと期待された。しかし決勝戦で北朝鮮のケー・スンヒ( 朝鮮民主主義人民共和国)が柔道着を左前に着るという奇策[2]に出、最後まで自分の柔道をとることができずに僅差で敗れ、2大会連続銀メダルに終わった。
1997年、1999年の世界柔道選手権でも連覇した。2000年、シドニーオリンピックでは、大会前に「最高でも金(メダル)、最低でも金(メダル)」という言葉と共に臨んだ。決勝戦でリュボフ・ブロレトワ( ロシア)に内股で一本勝ちし、自身初の五輪金メダルを獲得し嬉し涙を流した。また初の五輪金メダル獲得に「ようやく初恋の人に出会えた」と表現した。
2001年、2003年には世界柔道選手権を連覇。これで世界選手権6連覇という前人未到の記録を打ち立てた。