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東京・大手町にある読売新聞東京本社読売新聞中部支社(旧中部本社)読売新聞大阪本社読売新聞販売店・YC東大阪市徳庵販売所
読売新聞(新聞の題字及び漢字制限前表記は「讀賣新聞」)(よみうりしんぶん)は、株式会社読売新聞東京本社、株式会社読売新聞大阪本社及び株式会社読売新聞西部本社が発行する新聞である。販売部数は1000万部を超え、世界で最も発行部数が多い(かつてはソ連共産党機関紙プラウダ)[1]。英国Times紙と特約契約を交わした。また、親米保守派新聞として知られている。
目次
1 歴史
1.1 読売争議
1.1.1 第1次争議
1.1.2 第2次争議
2 紙面・論調
3 注目を集めた報道
4 疑義が持たれた報道、スキャンダル
4.1 中部読売の不当廉売問題
5 「社会部王国」
6 医療情報部
7 マスコットキャラクター
7.1 どれどれ
7.2 だっち君
8 読売新聞とプロ野球
9 Jリーグのチーム表記問題
10 掲載四コマ漫画
11 発行所
12 各社の担当地域
13 朝夕刊の別
14 備考
15 在籍していた著名人
16 関連企業・読売グループの企業・団体
17 株式会社読売新聞グループ本社の支配下にある放送事業者
18 参考文献
19 脚注
20 関連項目
21 外部リンク
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歴史
1874年(明治7年)11月2日 合名会社「日就社」から「讀賣新聞」創刊
1917年12月1日 商号を「日就社」から「読売新聞社」に改称。
1924年2月25日 経営難から、前警視庁警務部長、後の衆議院議員、正力松太郎が買収。
1925年11月15日 「よみうりラジオ版」新設(テレビ・ラジオ欄=番組表の先駆け)。
1934年12月26日 大日本東京野球倶楽部(現:読売ジャイアンツ)創設。部数拡大に大きく貢献する。
1942年8月5日 報知新聞社を合併。「讀賣報知」に改題。
1945年(昭和20年)7月27日に論評なし公表されたポツダム宣言を、翌7月28日「笑止、対日降伏條件」と報道し、同日、鈴木貫太郎首相の記者会見上の「黙殺」発言を7月29日に報道。