読売新聞中部支社(よみうりしんぶん ちゅうぶししゃ)は、愛知県名古屋市中区にある読売新聞東京本社傘下の支社である。読売新聞とスポーツ報知を愛知県、岐阜県及び三重県(伊賀地方を除く)に向けて発行している。
目次
1 中部支社所在地
2 中部支社管内の支局
3 地方面
4 歴史
4.1 「中部読売新聞」創刊
4.2 不当廉売問題(中部読売事件)
4.3 創刊から12年遅れの新聞協会加盟
4.4 東京発行の「中京版」
4.5 読売本体へ合流
4.6 本社から支社に格下げ
5 静岡向け夕刊を印刷
6 スポーツ報知中部版
7 備考
8 外部リンク
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中部支社所在地
愛知県名古屋市中区栄一丁目17番6号
中部支社管内の支局
豊橋、岡崎、豊田、中部空港、岐阜、津、四日市
愛知県
市内
名古屋市内
名古屋圏
名古屋市周辺(尾張地区)
豊田
豊田市
三河
東・西三河地区
岐阜県
三重県
北勢
四日市市、桑名市、いなべ市など
1974年7月31日、東京の株式会社読売新聞社(現・読売新聞東京本社)は、大阪讀賣新聞社(現・読売新聞大阪本社)の設立に関わった竹井博友が経営する印刷会社「名古屋高速印刷株式会社」と業務提携を結び、「名古屋高速印刷」は商号を「株式会社中部読売新聞社」に変更した。
1975年3月25日に、読売新聞の東海3県に於いての発行としての形で、愛知県、岐阜県、三重県を対象地域とする「中部読売新聞」が創刊された。紙面は、東京で製作された紙面を一部共用し、読売本社と中部読売は編集・工務・販売・広告などの部門で互いに協力し合った。
創刊当時、月極め購読料が500円(1部売り20円)と他の全国紙・ブロック紙より安く、中日新聞など地元の新聞社が中部読売の創刊直前から、中部読売の創刊を阻止しようと、日本新聞協会の下部機構である新聞公正取引協議委員会が読売本社と中部読売は同一の事業主体であると指摘。『読売新聞の差別対価・中部読売の不当廉売』との訴えを起こし、公正取引委員会に申告した。
こうした騒動の最中、中部読売は創刊されるが、公正取引委員会は中部読売創刊当日の1975年3月25日、『月極め500円の購読料は不当廉売の疑いがある』として緊急停止命令を東京高等裁判所に申し立てた。同年4月30日に出た東京高裁の決定では、「公正取引委員会の審決があるまで月極め812円を下回る価格で販売しない」との判決が出た。判決通り、1975年5月から月極め812円に値上げした。その後も、地元紙などからの中部読売への妨害は続いた。
不当廉売問題がネックとなって、全国紙系の新聞社でありながらも創刊から長らく日本新聞協会には加盟していなかったが、1987年5月20日、創刊から12年目にして新聞協会にようやく加盟した。
中部読売時代は読売新聞本体とは別法人・別組織であったが、記事内容は一部を除いて読売東京本社版の紙面を共用していた。1面下段のコラムと社説は中部独自の物を掲載した(コラムのタイトルは『東海風』)。但し、東京本社も東海3県向けに発行した「中京版」(番組表は静岡県遠州地域版=西部地方向けと同じものを使用)を出していたので、東海3県では東京本社版、中部読売版の2つの読売が併売されたことになる。