西門町(せいもんちょう、シーメンディン,Ximending)は台北市の街。若者の集まる街になっている。最寄り駅は台北捷運(地下鉄)小南門線と板南線の西門駅。
「台北の原宿」あるいは「台湾の渋谷」などと呼ばれ、若者の情報発信基地となっている。台湾のサブカルチャーやオタク文化の発信源ともなっており、旅行雑誌では渋谷と秋葉原を足して2で割ったような街であるとも形容されている。
西門町という名は正式な地名ではなく通称で、日本統治時代の地名(西門町:せいもんちょう、現在の地名では成都路・西寧南路・昆明街・康定路にあたる)が廃止後も通称として残ったものである。「町」の字は日本語の漢字で、台湾を含む中国語圏には存在しないため、西門町は特殊な表記の地名である。本来であれば町名などの地名には「街」(ジェ)の字を用いる。
歴史西門紅楼。日本統治時代は商店街であったが国民党時代には劇場、映画館となった。1990年代の火災後、取り壊しを免れて文化施設に転換されている
かつての台北城西門の外側にあたる地域で、日本統治時代初期の1890年代後半、荒地だった門外に浅草のような日本人向け繁華街が建設された。その中でも初期に建設された娯楽施設は台北座(1897年)や栄座(1902年)であり、1908年に完成した西門市場の赤レンガの建物・八角堂(現在の西門紅楼)は現存している。
1930年代には映画館街として栄えた西門町は、第二次世界大戦後、中華民国とともに大陸から逃れてきた人々の繁華街として発展した。1950年代から1960年代にかけてはダンスホールや「紅包場」と呼ばれる歌劇場(歌庁)が立ち並び、戦前の上海歌謡や香港の流行歌謡などが演奏され、大陸を懐かしむ人々が通っていた。四海幇など黒社会組織が西門町を足場に暗躍したのもこの時期である。
1980年代には台北東部の新市街(東区)の発展により活気を奪われていた西門町は、1990年代後半以降、歩行者天国となり車の立ち入りが制限され、年配向けの繁華街から若者向けの繁華街への転換が進み現在に至っている。
駅を出ると、まるで渋谷駅ハチ公口界隈を一回り小さくしたような風景に出会う。その中に渋谷の109のようなファッションビル「誠品116」がある。台湾で有名な誠品書店が経営するビルである。美容院やカフェ、レストランなどのほか、日本の書籍、雑誌、CD、フィギュアや洋服などが売られている店も多く、店内の音楽が邦楽であることも珍しくない。先述の誠品116のほか、万年商業大楼、獅子林広場、万国百貨など若者の集まる店が集積したファッションビルが立ち並んでいる。
ファーストフード店や雑貨店が林立し、また学生がたくさん歩いているなど、原宿の竹下通りに雰囲気が似ている。このほか日本統治時代から映画の街として知られ、現在でも映画館が多い。
牛肉麺や魯肉飯をはじめソーセージや麺類、アイスクリーム、タピオカドリンクなど、夜市のような感じを味わうことができる街でもある。
外部リンク
⇒shimen-walker 西門町流行資訊網站
⇒紙風車基金會
⇒西門市場更新
⇒西門市場
カテゴリ: 台北市
更新日時:2008年5月14日(水)15:08
取得日時:2008/10/03 05:19