西鉄バスジャック事件
場所日本
標的民間人
日付2000年5月3日 - 2000年5月4日
攻撃手段牛刀
死亡者1人
負傷者2人
西鉄バスジャック事件(にしてつバスジャックじけん)は、2000年(平成12年)5月3日に発生したバス乗っ取り(バスジャック)事件である。西鉄高速バス乗っ取り事件、佐賀バスジャック事件、ネオむぎ茶事件(ネオ麦茶事件)とも言われている。
目次
1 事件の内容
2 動機
3 2ちゃんねる
3.1 名前の由来
4 事件の影響と対策など
4.1 社会的影響
4.2 模倣犯
4.3 バス事業者での対策
5 関連項目
6 関連書籍
7 外部リンク
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2000年5月3日13時35分頃、九州自動車道太宰府インターチェンジ付近で、佐賀第二合同庁舎(佐賀県佐賀市)発西鉄天神バスセンター(福岡県福岡市中央区)行きの西日本鉄道(西鉄)の高速バス「わかくす号」を、刃渡り約40センチの牛刀を持った17歳の少年が乗っ取った。犯人は3人を刺し、68歳女性1人が死亡した。
乗務していた運転士によると、ハザードランプの点灯やパッシングをするなど外部に異常事態を伝えようとした。通報があったのは北九州市の九州道とされている。対向する車両の運転士が気づいていたか否かは公になっていない。
なお、このころ、西鉄天神バスセンターでは無線で当該バスに応答を求めていたが、当然応答がなかった。無線は100km程度が交信可能エリアだったため、山口県に入ってしまうと無線が途切れる可能性が高かった。当日は博多どんたくの期間中で、バスセンターや高速バスの利用者も多かった。
バスは九州自動車道から関門橋および中国自動車道を通って山陽自動車道に入り、山口県下松市の下松サービスエリアで乗客1人が走行中に飛び降り、広島県東広島市の奥屋パーキングエリアで数時間停車した後、さらに東進して同市の小谷サービスエリアまで行き、ここで長いこう着状態となる。この間、小谷サービスエリア近くでは、福岡県警察と大阪府警察の特殊急襲部隊によって、突入任務を帯びた機動隊員と機動捜査隊員に速成の訓練ならびに図上演習が施されていた。
事件発生から15時間半後の4日午前5時すぎ、小谷サービスエリアで停車中、警察官による説得中に、「手袋を路面に落とす」という突入の合図を受けた15名の隊員の突入により少年は逮捕された。この突入で機動隊員1名が犯人に左足を切り付けられ負傷した。事件の様子はテレビで生中継された。
犯人の少年が「ネオむぎ茶」の固定ハンドルネームを用い、インターネット掲示板「2ちゃんねる」に犯罪予告らしき書き込みを行ったことや、SATが出動したことで話題となった。SAT隊が突入する際、音響手榴弾(スタングレネード)が日本で初めて使用され、以後人質籠城事件で広く使われることになった。
2006年2月1日、少年(成人していた為、「元少年」と記載)が先月中に仮退院していたと報道された。社会復帰への訓練を始めたとされる。
少年は中学校でいじめに遭遇、家庭内暴力で家族を悩ませる。親が学校にいじめの相談をするが、当の学校や教育委員会はいじめの事実を認めなかった。高校受験が目前に迫った1998年1月、クラスメイトたちの挑発を受けて、踊り場から飛び降りるも着地に失敗して重傷を負い入院。病室で佐賀県立致遠館高等学校を受験して合格するも、入学後、すぐに中退してしまう。
不登校となった少年は、親にパソコンをねだり、2ちゃんねるに寝食を忘れるほど熱中、家庭内暴力がますます悪化していく。危険を感じた親が警察や精神病院に相談するも、事件を起こさない限り対処できないと双方から断られてしまう。そこで最後の頼みの綱として、頻繁にテレビに出演して著書を出している精神科医の町沢静夫に連絡を取って相談。町沢は親にも少年にも一切面会しなかったが、すぐに親からの要請で佐賀県警と精神病院に電話。精神病院はすぐに少年の医療保護入院を許可した。