西川 善文(にしかわ よしふみ、1938年8月3日 - )は、日本の実業家。住友銀行、三井住友銀行元頭取。『最後のバンカー』と称される。三井住友フィナンシャルグループ元社長。元全国銀行協会会長、第2代日本郵政公社総裁。初代日本郵政代表取締役社長。
目次
1 来歴・人物
2 その他役職
3 エピソード
4 人物像
5 外部リンク
//
1938年、奈良の材木商の家に生まれる。奈良県立畝傍高等学校を経て、1961年大阪大学法学部卒業。住友銀行に入行。1986年に取締役、1997年に頭取に就任。2001年にはさくら銀行を合併して誕生した三井住友銀行の頭取に就任。2002年には三井住友フィナンシャルグループ代表取締役社長を兼任。2005年6月に退任し、三井住友銀行特別顧問に就任。
2000年度と2004年度の全銀協会長も務めた。2度全銀協会長を務めたのは初のケースである。
2004年7月30日にはUFJホールディングスに対して経営統合を申し入れる。株式の統合比率で1対1を提示するが結局、三菱東京フィナンシャル・グループとのあいだの争奪戦に競り負けた。
その後、2005年度の3月期決算が赤字に下方修正され経営責任を取って2005年6月に頭取とFG社長の職を退任した。同時期に松下電器産業の社外取締役に就任している。
2005年10月13日の楽天のTBS株大量取得にはじまる経営統合問題ではその動向が注目された。西川はTBSの社外監査役を務め、同時に楽天証券の取締役にもなっていたからである。西川は10月26日におこなわれたTBSの企業価値評価特別委員会には欠席している。
2006年三井住友銀行頭取時代に中小企業への融資に際し、融資と抱き合わせでデリバディブ商品(リスク商品)を販売していたことが判明。三井住友銀行は金融庁より一部業務停止命令の行政処分を受けた。
2005年11月11日、郵政民営化で発足した「日本郵政」の初代社長に内定し、2006年1月23日に就任した。なお、2007年4月1日から9月30日までは日本郵政公社総裁を兼任していた。
その他役職
財団法人社会経済生産性本部理事
財団法人大阪大学後援会理事長
特定非営利活動法人おおさか大学起業支援機構評議員
財団法人懐徳堂記念会理事長
有限責任中間法人住友経営テクノロジー・フォーラム理事長
エピソード
西川は大学時代、新聞記者志望だったが、住友銀行に就職が内定していた友人が「誰か友達を連れてこい」と銀行から言われ、西川は大阪に呼び出される。その日のうちに人事部長、担当専務の面接を受け、住銀就職が内定する。そのときの人事部長が後の頭取の磯田一郎だった。
人物像
大手銀行の頭取としては珍しく『報道2001』『サンデープロジェクト』などのテレビ報道番組にも頻繁に出演しており、「顔の見える頭取」として知られる。関西経済の重鎮である。「最後のバンカー」と呼ばれることも。
一見温厚に見えるが、短気な性格で支店長時代、部下に灰皿を投げた事がある。
尊敬する人として磯田一郎元住友銀行頭取を挙げている。
阪神タイガースの大ファンとして知られている。
星野仙一シニア・ディレクターの後援会・虎仙会の会長も務めている。
竹中平蔵前総務大臣と親しく、日本郵政社長就任に竹中の強い意向があったとされている。
山田洋行との関連については、山田洋行を参照のこと。
先代:
-三井住友銀行頭取
旧法人初代(2001-2003)
現法人初代(2003-2005)次代:
奥正之