西山本門寺
境内
所在地静岡県富士郡芝川町西山671
位置 ⇒北緯35度14分14.08秒
東経138度33分51.41秒
山号富士山
宗派
法華宗興門流寺格 = 富士五山、興門八本山
本尊日蓮聖人御真筆
創建年1343年(康永2年)
開基日代
正式名富士山 本門寺
文化財紺紙金字法華経(開結共)10巻・法華経8巻ほか(国重要文化財)
表・話・編・歴
信長公首塚(写真左)
西山本門寺(にしやまほんもんじ)は静岡県富士郡芝川町西山671にある法華宗興門流の本山。日興の法脈を継承し、勝劣派、富士門流に属し、静岡県の駿東地方に所在する 上条大石寺、重須本門寺、下条妙蓮寺、小泉久遠寺とともに同門流の「富士五山」を構成する。また、さらに 京都要法寺、伊豆実成寺、保田妙本寺とあわせて「興門八本山」のひとつにも数えられる。明治期には富士門流の統一教団日蓮宗興門派(のち本門宗)の結成に参加、興門八本山より輪番制で就任する同宗の管長には、第5代として寿日、第8代として高橋日恩、第18代として寿日が就任した。西山全体で360町歩の広さがあり、黒門から本堂裏手の墓地まで直線で2kmの広大な敷地がある。
1582年(天正10年)6月、織田信長の首を収めたと伝えられている。首塚にはヒイラギの木が植えられ、推定樹齢450?500年とされ、静岡県の天然記念物に指定されている。
目次
1 起源と歴史
2 境内
3 年中行事
4 文化財
5 交通アクセス
6 関連項目
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1343年(康永2年)、日代の開山。富士五山のひとつに数えられる。
日蓮の高弟六人(六老僧)を定めたように、日興の弟子に本六(日目、日華、日秀、日禅、日仙、日乗)と新六(日道、日代、日澄、日妙、日郷、日助)とよばれる弟子がいた。日代は新六の一人で、重須本門寺(北山本門寺)の第2代であったが、本六の一人である日仙との方便品読不読の問答に際し日仙には勝利したものの、重須地頭石川孫三郎との不仲により重須大衆に住職を追われたため、西山へ移って法華堂を建立した。20代日圓が水戸家の出身という縁もあって水戸光圀の寄進を受けて現在の山容を整えた。
1876年、末寺12か寺とともに、富士門流の統一教団日蓮宗興門派の結成に参加。
1899年、日蓮宗興門派は日蓮本門宗(本門宗)と改称。
1900年、大石寺とその末寺が日蓮本門宗をはなれ、日蓮宗富士派(のち日蓮正宗と改称)として独立。
1941年、本門宗は一致派の日蓮宗、勝劣派の顕本法華宗とともに三派合同を行い、日蓮宗を結成。
1957年、西山本門寺は本山単独で日蓮宗を離れ檀家の承諾を得ないまま日蓮正宗に合流(旧末寺の一部は日蓮宗に残留)したが裁判となり檀家側が勝訴する。それ以降現在まで単立の宗教法人であるが法華宗興門流と宗名を公称する。
現住職は51世村田政明師 大学頭 松本修明師(富士山蓮華寺住職)
本山とともに単立の末寺に千葉市中央区福正寺(前住森本日正師の住寺)、伊東市光栄寺、熊本市本因寺、芝川町代世寺、本妙寺等がある。
境内
本堂
尊霊殿
大庫裡
納屋
御宝蔵
黒門
日映堂
歴代墓地(御三代 日蓮 日興 日代墓所)
浄圓坊(じょうえんぼう)
大詮坊(だいせんぼう)
妙圓坊(みょうえんぼう)
鐘楼 1644年(嘉永21年)築
信長公首塚
年中行事
4月18日 お虫払い法要(一般公開)
文化財
重要文化財
紺紙金字法華経(開結共)10巻
法華経 8巻 常子内親王筆
法華證明鈔 日蓮筆
日蓮遷化記録 日興筆 弘安5年(1282年)
交通アクセス
東名高速道路富士ICより約20km
JR身延線芝川駅より車で10分(町営バスもでている)
芝川町役場から富士宮市白糸に通じる県道75号を約5kmほど行った左手。小さな看板が出ている。