西宮神社
所在地兵庫県西宮市社家町1番17号
位置 ⇒北緯34度44分09秒
東経135度20分04秒
主祭神西宮大神(蛭子命)
社格等県社・別表神社
例祭9月22日
主な神事十日戎
おこしや祭
誓文祭
表・話・編・歴
拝殿
西宮神社(にしのみやじんじゃ)は、兵庫県西宮市にある神社である。日本に約3500社ある、えびす神社の総本社である。地元では「西宮のえべっさん」と呼ばれる。
目次
1 祭神
2 歴史
3 十日えびす
3.1 日程
3.2 福男選び
3.3 招福大まぐろ奉納
4 文化財
5 交通
6 周辺
7 関連項目
8 外部リンク
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第一殿に「西宮大神」として蛭児命を祀り主祭神とする。第二殿に天照大御神と大国主大神、第三殿に須佐之男大神を祀る。
祭神の蛭児命は伊弉諾岐命と伊弉諾美命との間に生まれた最初の子である。しかし不具であったため葦の舟に入れて流され、子の数には数えられなかった。ここまでは記紀神話に書かれている内容であり、その後の蛭児命がどうなったかは書かれていない。当社の社伝では、蛭児命は西宮に漂着し、「夷三郎殿」と称されて海を司る神として祀られたという。
創建時期は不明であるが、平安時代には「えびす社」として当地で既に篤く信仰されていたことが記録に残っている。
西宮神社は、その成立において「南宮社」と呼ばれていたと言う記録がある。これは市内中部の、廣田神社を本宮と見て、その南に成立する神社と捉えることができる。西宮神社は長らく廣田神社の摂社であった。廣田神社との関係から、神祇伯の白川伯王家との関係も深く、たびたびその参詣を受けていた。また、梁塵秘抄には、諏訪大社、南宮大社、敢国神社と共に、廣田神社の末社が南宮として記載されている。現在も、祭神を豊玉姫として廣田神社摂社・南宮神社が境内に鎮座する。なお、「西宮」という名称は本来は廣田神社を指すものであったが、戎神信仰が盛んになるとともに、廣田神社摂社であった当社の方が「西宮」と呼ばれるようになった。
神人として人形繰りの芸能集団「傀儡師」が境内の北隣に居住しており、全国を巡回し、えびす神の人形繰りを通してその神徳を説いたことにより、えびす信仰が全国に広まった。境内に祀られる百太夫神は傀儡師の神である。中世に商業機構が発展すると、海・漁業の神としてだけでなく、商売の神としても信仰されるようになった。江戸時代には、徳川家綱の寄進により本殿を再建し、また、全国に頒布していたえびす神の神像札の版権を幕府から得、隆盛した。
境内末社の式内社・大国主西神社は延喜式神名帳では菟原郡となっており、西宮神社がある武庫郡とは一致しない。現在のえびす神は大国主であったという説もあったことから、明治3年、『摂津志』などの記載より現在の西宮神社が式内・大国主西神社であるとして「大国主西神社」に改称し、明治7年6月、大国主西神社として県社に列格した。そのころ、末社・大己貴社が大国主西神社であるとする説が挙がり、同年8月に一旦大国主西神社(現 西宮神社)の県社指定を取り消した上で、同年11月、大国主西神社を西宮神社に、大己貴社を大国主西神社に改称して、共に県社に指定した。
なお、元の末社・大己貴社(現 大国主西神社)にある場所には元は本地阿弥陀堂があったが、享和2年(1802年)に取り壊された。そして、元は不動堂と称していた建物が享保20年(1735年)に大己貴神・少彦名神を祀る大己貴社に改められ、文化元年(1804年)に本地阿弥陀堂の跡の現在地に移されたものである。よって本来の式内・大国主西神社ではないが、「大国主西神社の所在が判明するまで」ということで、その名前をつけることになったものである。
毎年1月10日前後の3日間で行われる十日えびす(戎)では、開門神事福男選び、大マグロの奉納、有馬温泉献湯式などの行事とともに、たくさんの屋台が軒を連ね、開催三日間で百万人を超える参拝者で賑わう。
日程
1月9日 - 宵えびす 有馬温泉献湯式 宵宮祭
1月10日 - 本えびす 十日えびす大祭 開門神事福男選び
1月11日 - 残り福
福男選び この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
正式には「十日戎開門神事福男選び」と呼ばれる。
西宮神社周辺では古くから1月9日夜「忌(居)篭り」と呼ばれる家から外出してはならない風習(その間に"えべっさん"が市中を廻られる)がある。神社では1月10日午前4時から十日えびす大祭が執り行われ午前6時ごろに終わり、それと同時に門が開かれる。その忌篭りの状態が解かれた後、氏子たちが一斉に家から神社まで駆け抜ける風習がルーツとされる。神社側の記録によれば、1940年(昭和15年)以前のはっきりとした記録は定かでなく、郷土史研究家等が収集した資料によっても大正時代以前の記録はほとんど分からない。また、なぜ1940年から記録が残っているかについては、当時の新聞の戦意高揚記事とかけ合わせて、その年の一番福に褒美としてお守りを授けたからではないかとしている。
当日は未明から多数の人が表大門の前に集合し、午前6時の開門とともに230メートル先の本殿を目指して駆け出す。そして3着までにゴールした人間(待ち構えている神主に抱きつくことが条件になる)が、その年の福男となる。尚、一般に福男と言われているが、老若男女いずれの人も走ることが出来る。しかし、女性の一番福は未だに出現していない。参加者は毎年2000人程に及ぶ。南宮神社前のカーブコースには3箇所のカーブと本殿に駆け上がる際の木の坂が障害物のように立ちはだかり、毎年のテレビ取材ではこの4箇所を中心に大小のカメラを設置されている。