西口彰事件
■毎日更新無料動画!
■未公開流出画像満載

[Wikipedia|▼Menu]

西口彰事件(にしぐちあきらじけん)は1963年10月から1964年1月まで起こった殺人事件。
目次

1 概要

2 最初の殺人から逮捕までの経緯

3 影響

4 関連項目

//


概要

前科4犯の西口彰(にしぐち あきら、1925年12月14日 - 1970年12月11日)が1963年10月に2人を殺害し、その後、1964年1月に逮捕されるまで逃亡を続け、大学教授や弁護士などを騙って計5人を殺害し、計80万円を詐取した。

西口は殺人5件、詐欺10件、窃盗2件で起訴された。1966年に死刑判決が確定。1970年に死刑執行された。


最初の殺人から逮捕までの経緯
福岡県での二人殺害
1963年10月18日福岡県京都郡苅田町堤の国鉄日豊本線苅田駅西側の山道で専売公社社員が殺されているのが発見された。同日、田川郡香春町仲哀峠で運転手が殺されているのが発見される。目撃者の証言などから詐欺や窃盗で前科4犯であった西口彰が浮上。福岡県警は全国指名手配にする。
逃走
西口は佐賀で自分が指名手配されているのを知る。瀬戸内海の連絡船で靴をおいて書置きを残して投身自殺を偽装するが、警察は偽装と判断。西口は神戸大阪京都名古屋と逃亡する。
静岡県浜松市で二人殺害
11月、静岡県浜松市で旅館の経営者親子を殺害。
弁護士を騙り逃走
12月頃から弁護士を騙るようになる。その後も、千葉県北海道東京都栃木県で金を詐取。
東京都豊島区で弁護士を殺害
同年12月29日、弁護士を殺害。
熊本県で逮捕
1964年1月2日、西口は弁護士を騙って熊本県の教戒師宅を訪問。しかし、教戒師の娘が西口に気づき警察に通報。1月3日に逮捕される。


影響

戦後の自動車普及と道路整備によって凶悪犯罪が広範囲にまたがっていることが多くなり、犯人が遠方まで逃走しやすくなり、各都道府県警の協力が万全ではなくなってしまい、事件解決が難しくなった。以上の事情をふまえ、警察庁は「広域重要事件特別捜査要綱」を策定し、警察庁広域重要指定事件を指定して対処することとした。


関連項目

警察庁広域重要指定事件

復讐するは我にあり
カテゴリ: 昭和時代の殺人事件 (戦後)

更新日時:2008年10月7日(火)02:12
取得日時:2008/10/11 23:00


完全無料エロボイス♪
「声」は興奮しますよ!

[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:5007 Bytes
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki