西側諸国(にしがわしょこく、西側、資本主義陣営、自由主義陣営とも)とは、東西冷戦の間、アメリカを中心とする資本主義陣営に属した国々のことを言う。対する陣営は東側諸国。
ここでいう西側は、ヨーロッパにおける資本主義陣営と共産主義陣営の境界が東西ドイツを境にしている事に由来するが、欧州東部にも西側諸国は存在したし、当然その他の地域では、属する陣営と地理上の東西が反転することもある。西側各国はアメリカとの単独・多国間の政治的・軍事的保障条約に組み込まれた。それらの機構として有名なものは、NATO、OASなど。
目次
1 東欧の西側陣営
2 西欧・中欧
3 南北アメリカ大陸
4 東アジア
5 冷戦後の西側諸国
6 脚注
7 関連項目
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東欧の西側陣営西側諸国の軍事同盟であるNATO加盟国の拡大。
青色が冷戦時代の加盟国。
イギリス首相チャーチルは鉄のカーテン演説で、「バルト海のシュテッティンからアドリア海のトリエステまでヨーロッパ大陸を横切る鉄のカーテンが降ろされた。」と発言した。
これを受けて、アメリカのトルーマン大統領はトルーマン・ドクトリンを発表。イギリスに代わってギリシャに対して支援を行い、加えてトルコを資本主義陣営に留めることを宣言。両国に大量の資金援助を行い、共産主義国化するのを防いだ。
これらの国は1952年にNATOに加盟した。特にトルコは、現在でも中東にアメリカが軍事介入するときは在トルコの米軍基地が大きな役割を果たしており、EU加盟を目指すなど、強固な「西側国家」である。
NATOは1949年に西欧・北アメリカの13ヶ国が参加して出来た軍事同盟であり、各国は攻撃にさらされた場合共同で参戦する義務を負っている。
1966年にフランスがド・ゴール主義の下でNATOの軍事機構を脱退し欧州連合軍最高司令部がパリから移転を余儀なくされるなどの事件もあったが、EUなどもあわせて考えると基本的には蜜月といってよい関係にある。
西欧・中欧で東西の軍事機構に参加していない国は、アイルランド・スイス・オーストリア・スウェーデンの中立宣言を行うなどで非同盟政策をとった国々。特に北欧諸国の政策を合わせてノルディックバランスと言う。
南北アメリカ大陸の各国の多くは、既に第二次世界大戦末期に連合国として参戦しており、米軍に基地を提供するなどをしていた。
これらは戦後アメリカの「裏庭」として親米・西側であることが求められ、米州機構によってアメリカに追従させられた。親米政権が革命などで崩されると、アメリカの武力介入、内政干渉を招いた。(ピッグス湾事件・チリ・クーデター・グレナダ侵攻・パナマ侵攻など)
アメリカのアメリカ大陸への共産主義の伝播に対する危機感からの行動は1962年のキューバ危機で実際に示され、このときはソ連が折れることで第三次世界大戦は回避された。
日本と大韓民国、中華民国(72年のニクソン訪中まで)が西側諸国である。中華民国はアメリカが中華人民共和国を承認した後も「反共の砦」として軍事援助を受けていたため、西側とみなすことも出来る。また、フィリピンはASEANの原加盟国であるが、米国の植民地だった経緯から、親米的な外交政策をとっていた。
仮想敵国はソ連、北朝鮮、中国、(北)ベトナムであり、それぞれの役割と仮想敵国が全く違う関係上日米・米韓・米華・米比といった二国間条約による同盟関係が特徴。これは東アジアに集団安全保障体制を構築させないようにするアメリカの介入であるとも見られる。
冷戦後の西側諸国EU加盟国の変遷図