衛 青(えい せい、? - 元封5年(紀元前106年))は、前漢の武帝に仕えた武将。河東平陽(山西省臨汾)出身。字は仲卿。爵位は長平侯。母親は婢であった衛媼(えいおん)。幼少時に下級官吏の鄭季(ていき)の家に引き取られていたため、父親は鄭季とされる。
幼少時に、匈奴と境を接する北方で放牧の仕事をしていたため、匈奴の生活や文化に詳しくなる。このことが後の匈奴征伐に大いに役立った。
姉の衛子夫が武帝の寵姫となったことにより引き立てられる。衛子夫を憎む陳皇后一族により拉致・監禁されたことがあるが、友人の公孫敖(こうそんごう)の活躍で救出される。
匈奴征伐に際して車騎将軍に任命され、多大な功績を挙げる。その後軍功により大司馬大将軍にまで出世するが、政治には口出ししなかった。
大将軍に出世後、武帝の姉の平陽公主を妻とする。
甥の霍去病が台頭すると、人気・軍功ともに譲ることになる。しかしながら、霍去病が早逝したため、軍の第一人者で有り続けた。
墳墓は、霍去病の墓の隣、武帝の墳墓である茂陵の近くに残されている。 カテゴリ: 漢代の人物 | 紀元前106年没
更新日時:2008年8月29日(金)04:48
取得日時:2008/09/01 05:30