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藤子不二雄?
本名安孫子 素雄
生誕1934年3月10日(74歳)
日本富山県氷見市
国籍日本
職業漫画家
活動期間1951年 -
代表作『オバケのQ太郎』(共作)
『忍者ハットリくん』
『怪物くん』
『プロゴルファー猿』
『魔太郎が来る!!』
『笑ゥせぇるすまん』
受賞第34回日本漫画家協会賞文部科学大臣賞(全作品に対し)
藤本真澄賞・山路ふみ子特別賞
(映画『少年時代』)
表・話・編・歴
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藤子不二雄?(ふじこ・ふじお・エイ、本名:安孫子 素雄(あびこ もとお)、男性、1934年3月10日 - 、血液型A型)は、日本の漫画家。藤本弘(藤子・F・不二雄)とともに藤子不二雄としてコンビを組み作品を発表した。『ドラえもん』という国民的作品を持つ元相棒の藤子・F・不二雄と比較される事が多く、彼の存在があまりに大きかったことから過小評価を受けることもあるが、『忍者ハットリくん』、『怪物くん』等の多くのヒット作品を手がけており、藤子・F・不二雄と同等といえる功績を持つ現代漫画界の巨匠である。
目次
1 経歴
2 人物
3 作品
3.1 代表作
3.2 その他
3.2.1 ギャグ
3.2.2 ブラック
3.2.3 劇画
3.2.4 コミックエッセイ
4 関連項目
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住職の息子として富山県氷見郡氷見町(現:氷見市)の光禅寺という古刹に生まれるが、小学生時代に父を亡くして高岡市に転居し、高岡市立定塚小学校で藤本弘と知り合う。小学校時代から漫画家を志し、富山県立高岡高等学校在学中、1951年に毎日小学生新聞でデビュー。高校卒業後、1952年に、伯父が専務を務める富山新聞社に入り、学芸部と社会部で似顔絵やインタビュー記事を担当。1954年、藤本に誘われる形で新聞社を退社。藤本と共に漫画家となるために上京する。後がない藤本と違って、安定したサラリーマン生活がある安孫子は新聞社に未練があったと語っている。
その後、『オバケのQ太郎』、『忍者ハットリくん』、『魔太郎がくる!!』等のヒット作にめぐまれる。厳密には2人の合作作品は『オバケのQ太郎』が最後でありこれ以降は藤子不二雄名ではあっても、そのほとんどはどちらかの単独作品である。1987年にコンビを解消し、藤子不二雄?として活動するようになる。コンビ解消後は映画『少年時代』をプロデュースするなど多彩な才能を見せる。詳しくは藤子不二雄の略歴を参照。
1990年 ? 藤本真澄賞・山路ふみ子特別賞受賞(映画・『少年時代』)
2005年 - 第34回日本漫画家協会賞文部科学大臣賞受賞(全作品に対し)
2008年 - 出生地の氷見市において、自作漫画キャラクターの提供など市の活性化の貢献により名誉市民となる
藤子F作品に比べコミックスの海外進出は遅れている(特に英語圏)。
現在、ビッグコミックオリジナル増刊にて『愛…しりそめし頃に…』を、ジャンプスクエアにてコミックエッセイ『PARマンの情熱的な日々』を連載中。