藤原 有貞(ふじわら の ありさだ、天長4年(827年)‐貞観15年(873年))は、平安時代前期の官人。藤原南家の出身で、右大臣藤原三守の7男。藤原貞子(仁明天皇女御)らの弟。
7?8歳頃から仁明天皇に近侍し、姉の貞子が女御として寵愛を受けていたため、有貞もまた寵された。承和11年(844年)18歳で従五位下に叙位された。その後、丹波介・常陸権介・縫殿頭・右兵衛佐・左兵衛佐などを歴任。天安2年(858年)従五位上右近衛少将になる。伊勢権介・阿波権介・因幡守・讃岐権介などを兼任し、貞観8年(866年)従四位下に昇叙された。その後、備中守・近江権守を務めた。貞観15年(873年)に卒去。最終官位は従四位下前近江権守だった。
関連項目
藤原南家
カテゴリ: 平安時代の人物 | 藤原南家 | 827年生 | 873年没
更新日時:2008年7月5日(土)07:57
取得日時:2008/09/12 08:10