藤原 敦敏(ふじわら の あつとし、延喜18年(918年) - 天暦元年(947年))は平安時代中期の貴族。摂政太政大臣清慎公藤原実頼の嫡男。三蹟の一人藤原佐理の父。正五位下、左少将。
左近衛少将等を歴任したが、天暦元年(947年)に流行した疫病にかかり、祖父忠平や左大臣に昇進した直後の父実頼に先立って早世した。死後東国より敦敏のために献上された馬が届き、それを知った実頼が悲嘆の歌を詠んだことが大鏡で語られている。
彼から見れば、菅原道真を失脚させたとして有名な藤原時平は大伯父であると同時に母方の祖父にあたる。時平の血筋を引くものは多くが短命であり、それは道真の怨霊によるものだと喧伝されたが、残念ながら彼も例外ではなかった。
政治的には藤原北家嫡男でありながら、祖父や父達の影に隠れ目立たなかったが、後撰和歌集に歌が残っている。
系譜
父:藤原実頼
母:藤原時平の娘
妻:藤原元名の娘
男子:藤原佐理(944-998)
女子:藤原為光室
カテゴリ: 藤原北家 | 平安時代の公家 | 918年生 | 947年没
更新日時:2008年7月6日(日)09:54
取得日時:2008/10/11 05:01