藤原 季範(ふじわら の すえのり、寛治4年(1090年)- 久寿2年(1155年))は、平安時代末期の公家・神官。
藤原南家出身で、藤原季兼の子。生母は尾張員職の娘。額田冠者を名乗る。子に範忠らがある。父が目代として赴任していた尾張国に生まれる。
季範の母方の尾張氏は、代々尾張国熱田神宮の大宮司職を務めていたが、員職の代に至り、霊夢の託宣と称して外孫の季範に同職を譲る。これ以降、熱田大宮司は季範の子孫の藤原氏による世襲となり、尾張氏はその副官である権宮司に退いている。
従姉妹に鳥羽院の乳母藤原悦子(藤原顕隆室)がおり、またその甥が信西(諸説あり)であるなど、中央政界との繋がりも多かった。
また三女の由良御前は源義朝と結婚し、源頼朝、希義、坊門姫(一条能保室)らを生んだことで有名である。また別の娘(実は養女・実父は範忠)は足利義康と結婚して義兼を生み、後年の足利将軍家にもその血統を伝えている。
関連項目
熱田神宮
藤原南家
二階堂行政…鎌倉幕府の有力官人。季範の妹の子。
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更新日時:2008年7月13日(日)12:15
取得日時:2008/08/18 13:17