藤井 彰人
東北楽天ゴールデンイーグルス No.31
基本情報
国籍 日本
出身地大阪府東大阪市
生年月日1976年6月18日(32歳)
身長
体重170cm
78kg
選手情報
投球・打席右投右打
守備位置捕手
プロ入り1998年 2位
初出場1999年4月30日
年俸3,600万円(推定)
経歴
近大附属高校
近畿大学
大阪近鉄バファローズ(1999 - 2004)
東北楽天ゴールデンイーグルス(2005 - )
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藤井 彰人(ふじい あきひと、 1976年6月18日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(捕手)。血液型はAB型。大阪府東大阪市出身。実家は大阪市住吉区である。
目次
1 経歴
1.1 近鉄バファローズ時代
1.2 楽天イーグルス時代
2 エピソード
3 初記録
4 通算成績
5 登場曲
6 関連項目
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幼稚園時に兄の影響でソフトボールにふれる。小学4年時にボーイズリーグ「若江ジャイアンツ」に入団。上小坂中学3年のころ本格的にキャッチャーを始めた。「若江ジャイアンツ・中学部」では全国大会出場を果たす。
近大附属高校2年に夏の甲子園出場。当時投手だった金城龍彦(横浜)とバッテリーを組む。
近畿大学に進学。3年時には宇高伸次(元近鉄)とバッテリーを組み、二岡智宏、山下勝充らと共に史上初のアマチュア五冠を達成。(五冠=春のリーグ戦、秋のリーグ戦、大学選手権、明治神宮大会、全日本アマチュア野球王座決定戦の五大会で優勝。)1997年8月にはインターコンチネンタルカップに日本代表として出場、優勝メンバーの一員となる。この時のメンバーには後に近鉄・楽天でチームメートとなる高須洋介や、巨人へ入団した二岡智宏、上原浩治、高橋由伸らも名を連ねていた。大学時代に正捕手としてMVPを2回獲得した。 1998年、ドラフト2位で近鉄へ宇高伸次(1位指名)と共に入団。
近鉄バファローズ時代
1999年、入団1年目。プロ初出場は4月30日の千葉ロッテ戦・9回に捕手として登場した。また同年にプロ初安打・初打点も記録する。入団2年目に右膝のじん帯を断裂し、翌一年間をリハビリに費やしたため2001年の出場数は1試合のみとなる。日本シリーズでは最後の打者になった(結果はキャッチャーフライ)。復帰した2002年から楽天へ移籍するまでの3年間は着実に出場数を伸ばしていき、近鉄最後の年である2004年には正捕手的山哲也を脅かす存在となった。(後述:エピソード欄)また、この年最多勝を挙げた岩隈久志が先発する時はほぼ藤井がマスクをかぶった。
シーズン終了後、近鉄・オリックス合併と、楽天参入に伴う分配ドラフトで、東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍。(選手分配ドラフトについてはプロ野球再編問題の当該項参照)
楽天イーグルス時代
2005年、移籍一年目は田尾安志監督の元、プロ入り最多の113試合に出場。プロ入り後初めて「正捕手」といえるポジションをつかんだ。
2006年、野村克也監督就任。カツノリと正捕手の座を争う。最終的には藤井105試合、カツノリ56試合に出場。出場試合数こそ昨年より減ったが、打席数は80ほど増加し過去最高を記録した。野村監督からはシーズンを通して英才教育を受け、配球への厳しい指摘には「悔しい思いもした」と語った。次の点のチーム成績向上に多少なりとも貢献した。