董必武(とう ひつぶ、1886年3月5日 - 1975年4月2日)は中国の革命家、政治家。中国共産党の創立メンバーの一人。1968年の劉少奇失脚後、中華人民共和国副主席(1959年-1972年)、主席代理(1972年-1975年)として中華人民共和国の国家元首たる国家主席の職務にあたった。
湖北省黄安に生まれる。1911年に中国同盟会に加入、辛亥革命に参加し、その後2度にわたり日本に留学する。1921年に武漢地区代表として第1回共産党大会(中共一大会議)に参加する。 1949年の中華人民共和国成立後は、政務院副総理、最高人民法院院長、国家副主席、国家主席代理、中共中央政治局常務委員会委員等を歴任した。
第1回党大会の出席メンバーで、戦後中華人民共和国の幹部として生涯を全うしたのは毛沢東と董の2名のみである。
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劉少奇
中華人民共和国の国家主席次代:
(1976年-1982年まで制度廃止)
李先念
宋慶齢副主席と共同で
副主席として職務代行
1968年-1972年主席代理
1972年-1975年
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更新日時:2008年3月4日(火)16:41
取得日時:2008/05/13 12:34