菅谷定彦(すがや・さだひこ 1939年 - )は、株式会社テレビ東京代表取締役会長。
兵庫県出身。日本経済新聞社から1999年にテレビ東京に出向し、2001年に同社代表取締役社長に就任。2007年6月22日付けで、代表取締役会長に就任。
赤穂浪士の一人菅谷半之丞政利の子孫である。
略歴
1961年 甲陽学院高等学校→早稲田大学卒業後、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員、大阪本社編集局長、社長室長などを歴任。
1990年 日本経済新聞取締役
1993年 日本経済新聞常務取締役
1998年 日本経済新聞専務取締役
1999年6月 テレビ東京に異動、代表取締役副社長就任
2001年6月 テレビ東京代表取締役社長に昇任
2002年 映画「壬生義士伝」の制作の代表を務める
2004年 映画「クイール」の制作の代表(フィルムパートナーズ代表)を務める
2004年 日本民間放送連盟副会長(4月就任)
2007年6月22日 テレビ東京代表取締役会長
社長会見でのエピソード
月1回のペース(年9~10回)で行われる社長定例会見では、歯に衣着せぬ大胆発言をすることで有名。数あるキー局の定例会見の中でも記者の出席率が高く、その言動が注目された。
2001年、社長就任会見で、モーニング娘。ファンと断言。
2004年1月23日に行われた年頭の記者懇親会では、モーニング娘。について「藤本美貴と石川梨華のツートップにするのがいいんじゃないか。そうすれば(今後も)大丈夫だ」と発言している。
2007年5月- 社長としての最後の定例会見では、元「モー娘。」の辻希美の妊娠による一連の降板劇に「ファンとしては極めて残念。ガックリきている。処女性を大切にしてほしい。夢を壊さないでほしい」と嘆いた。
2004年の日本シリーズ野球中継について説明時に「広島東洋カープ」のファンであることが判明。
2005年10月 - 楽天がTBSに経営統合を提案していることについて「エイリアンみたいな存在だと(提案を)断らざるを得ない」と提案を拒否するように求めた。
2006年6月- 同年からホームゲームの中継を開始した巨人戦中継の放送権料を「放送時の順位によって放映権料を増減する制度にするべき」と提唱する。
2007年1月-関西テレビの「発掘!あるある大事典U」でのデータ捏造問題を巡って、キー局のフジテレビに対して「放送した以上、何らかの説明責任がある」と述べ、フジの対応を批判した。
「あるある-」を制作した制作会社「日本テレワーク」は以前、同局の番組「教えて!ウルトラ実験隊」でもデータを捏造していたことが判明しており、同社を1年間の取引停止処分にしていた。会見では「過去の番組にもねつ造が見つかれば、(テレワーク社の)永久出入り禁止もありうる」と発言(ちなみに、「あるある」の制作局である関西テレビ元社長の千草宗一郎とは同じ高校出身である)。
2007年5月-2011年の地上デジタル放送全面移行後のネットワーク拡大構想を明らかにし、その中で宮城県・静岡県・広島県への新局開局や、テレビ大阪の放送エリアを現在の大阪府域から京都府・兵庫県にまで拡大する事を目指すと表明した(テレビ大阪の項も参照)。
外部リンク
⇒定例社長会見(写真)
⇒亀田批判のテレ東社長 記者にダントツ人気 - J-CAST(略歴参照元)
先代:
一木豊テレビ東京社長
(2001?2007年)次代:
島田昌幸
先代:
一木豊テレビ東京会長
(2007年? )次代:
?
カテゴリ: 日本の実業家 | 兵庫県出身の人物 | 1939年生 | テレビ東京
更新日時:2008年4月28日(月)11:30
取得日時:2008/10/06 21:11