荒尾聡
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荒尾 聡(あらお さとし、1981年6月28日 - )は、日本のオートレース選手福岡県出身。27期、飯塚オートレース場所属。



略歴

2001年

4月1日、選手登録。第27期選手養成所優秀賞を受賞。


2002年

GIIヤングダービー(浜松オートレース場)優勝。

12月、伊勢崎オートレース場にて2級車のレコードタイム3.332を記録。

この年のオートレース選手表彰にて最優秀新人選手賞を受賞。更に、日本プロスポーツ大賞の新人賞と、日刊スポーツオートレース年間三賞の敢闘賞を受賞。


2003年

GII期別対抗チャレンジカップ(船橋オートレース場)優勝。


2004年

この年の競走ランクで自身初、そして史上最年少のS級第1位(飯塚地区、後期)になる。

GII第18回ジュニア選手権(飯塚オートレース場)優勝。

6月2日、GI第27回黒潮杯争奪戦(船橋オートレース場)優勝。競走車呼名は「アグル」。競走タイムは3.403。

日刊スポーツオートレース年間三賞の敢闘賞を受賞。


2005年

1月26日、開設48周年記念オートレース(飯塚オートレース場)優勝。競走タイムは3.344。

6月12日、GII第19回ジュニア選手権(飯塚オートレース場)優勝。競走タイムは3.397。


2006年

8月23日福岡ソフトバンクホークス杯GI第49回ダイヤモンドレース(飯塚オートレース場)優勝。競走タイムは3.382(ナイター走路)。


2007年

4月30日SG第26回オールスターオートレースでSG初制覇。競走車呼名は「デフジャム」。競走タイムは3.365。



人物

荒尾聡は「21世紀最初のニューヒーロー」と言われた選手である。 幼少の頃、オートレースの大ファンであった祖父に連れられて飯塚オートレース場に行き、そこで初めてオートレースを目の当たりにした荒尾は、4、5歳の頃から「オートレーサーになる」という決意を固めていた。

2001年4月に選手としてデビュー。養成所で優秀新人賞を受賞しただけあって、デビュー当時から荒尾の評価は高かった。デビュー翌年には最優秀新人賞をはじめとする多数の賞を受賞し、その年の12月には2級車でのバンクレコードをマーク。翌2003年には早くもS級にランク入りし、2004年4月のSG第23回オールスターオートレース(山陽オートレース場)でSG初優出を決めると、翌年6月にはGI初制覇を達成。その年の後期には史上最年少のS1レーサーとなった。
その後、一時的に不振に陥ったが、2006年の中頃から調子を取り戻していった。特に、年末のスーパースター王座決定戦のトライアル戦では一走目で痛恨の8着と惨敗を喫し決定戦進出は絶望的と見られていたなか、翌日の二走目で起死回生の1着を飾り見事決定戦進出を決めるという、土壇場で起死回生の強さを発揮した。
そして、翌2007年のSG第26回オールスターオートレースでは、拮抗しているとはいえ試走タイムが最も遅かった一人であったにもかかわらず、一度は荒尾を捌いて先頭に立った有吉辰也(25期、飯塚オートレース場所属)を最終の10周回1コーナーで捌き、自身初、そして27期生初のSG優勝を飾ったのである。

中村政信(19期、元飯塚オートレース場所属)を尊敬している一人でもある。中村のスター性や心意気というものに魅せられ、オートレーサーへの志を更に強くしたと言っても過言ではない。しかし、その中村は荒尾がデビューする1年半前に無念の死を遂げる。昔からの憧れであり、目標としていた選手だけに、共に走りたかったと荒尾は語る。


関連項目

オートレース選手一覧

この「荒尾聡」は、スポーツ関係者に関連した書きかけ項目です。この項目を加筆、訂正などして下さる協力者を求めています(ポータル スポーツ/ウィキプロジェクト スポーツ人物伝)。
カテゴリ: オートレース選手 | 福岡県出身の人物 | 1981年生 | スポーツ関係者関連のスタブ項目

更新日時:2007年9月21日(金)08:02
取得日時:2008/07/17 21:18


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki