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参議院議員 荒井 広幸
生年月日1958年5月15日(50歳)
出生地福島県田村郡船引町(現:田村市)
出身校早稲田大学社会科学部
学位・資格学士
前職衆議院議員
所属委員会
内閣役職予算委員会
環境委員会
世襲無
選出選挙区比例区
当選回数1回(衆3回)
所属党派改革クラブ
党役職幹事長
会館部屋番号参・議員会館221号室
⇒あらい広幸 草の根 on WEB
荒井 広幸(あらい ひろゆき、1958年5月15日 ‐ )は、日本の政治家。参議院議員(1期)。
衆議院議員(3期)、福島県議会議員(1期)、新党日本幹事長を歴任。身長155p。
目次
1 概要
1.1 政界入り
1.2 郵政民営化反対と新党日本結党
1.3 新党日本での波乱と離党
2 経歴
3 書籍
3.1 著書
3.2 関連書籍
4 関連項目
5 外部リンク
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徳永正利参議院議長公設秘書、福島県議会議員(最年少トップ当選)を経て、1993年7月18日の第40回衆議院議員総選挙で自由民主党候補として初当選。派閥は清和会に所属し、1995年、自由民主党総裁選挙で小泉純一郎が立候補する際、立候補させるために安倍晋三、石原伸晃、野田実、山本一太らと推薦人集めに奔走。後に、亀井静香、小林興起、平沼赳夫、中川昭一と行動を共にするようになり、清和会を脱退。志帥会旗揚げには参加しなかったが遅れて参加。2001年の参院選においては自由民主党広報局長としていわゆる「小泉ブーム」を演出する。
2003年の衆院選では、自由民主党公認候補であったにも拘らず、テレビ番組で小泉総裁から批判を受け、落選する。2004年の参院選で自由民主党比例区から出馬し当選。
そもそも小泉総理とは共に行動してきた仲間。小泉総理が初めての総裁選出馬においては推薦人を集めるために奔走し、小泉総理誕生の立役者であった。
郵政民営化反対論の参議院での理論的支柱として知られ、2005年の郵政国会では参議院採決において郵政法案否決のために行動する。その際、自民党執行部に賛成の説得を受けないようにした「ステルス作戦」が功を奏し、参議院本会議で郵政法案を否決させることに成功する(郵政法案は解散総選挙後に再提出され、可決された)。「両親が郵便局勤務であった」と誤って報道されることがあるが、父は郵政外務職員で、母は電報局勤務である。
郵政反対派議員の当選を果たすため、自民党を離党し、田中康夫を代表に擁立し新党日本を結成。党幹事長に就任。10月、自民党から除名処分される。
安倍晋三とは衆議院初当選が同期。まったく育ちの違う二人だが妙にウマが合う。ちなみにその安倍晋三が立候補した自民党総裁選の前日、総裁選パロディが恒例となっている大川興業総裁選に登場、演説を行っている。
2006年9月26日、小泉首相退陣に伴う総理大臣指名選挙では、野党であり国民新党と院内会派を組んでいるにも関わらず、小沢一郎(民主党)や綿貫民輔(国民新党)と書かず自民党の新総裁に選出されたばかりである安倍晋三に投票した。