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草書体(そうしょたい)は、漢字の手書き書体の一つ。速く書くことができるように、同じく漢字の筆書体である行書体とは異なり、字画の省略が大きく行われる。文字ごとに決まった独特の省略をするため、文字ごとの形を覚えなければ書くことも読むこともできないことが多い。実際は隷書の時代からあったが、一般に使われたのはそれから数百年の月日がすぎてからである。また、書家による違いが大きい場合もあり、たとえば「書」という字は楷書体では一通りの書き方であるのに対し、草書体は幾通りかの書き方がある。
漢の時代に小篆・隷書から発生したと考えられており、漢代以前にも草書風の書体が見出される。『説文解字』には「漢興って草書有り」と記されている。一説には前漢の史游や後漢の張伯英が発明したとも言われる。3世紀に一般化した。
初期の草書体は「章草」と呼ばれ、現在のように文字を続けて崩していく形式ではなく、1字1字を崩していく形式だった。やがて、これが文章全体を連綿と崩して書く、現在の草書体へと発展した。
草書の「草」は草稿などの「草」である。また「草」には「下書き」という意味もある(例:起草)。「ぞんざい」という意味もある。
草書体をさらに崩した書体を狂草と呼び、張旭、懐素などが有名。
のちに草書を整えた行書が生まれるが、両者に明確な区分はなく、省略が著しいものを草書、省略が少ないものを行書と呼びならわす。
王羲之の書を見ると、草書作品の「十七帖」は知人への書簡集であり、行書作品の「快雪時晴帖」や「喪乱帖」は冒頭に「羲之頓首」の定型句を持つ改まった文書である。この例から判断できるように、草書は砕けた通常の筆記体であり、行書はより厳粛な場に供する書体と言える。
したがって、草書作品は石碑にはふさわしくなく、紙を媒体として広く常用された。芸術作品としての価値は、唐朝初期を底辺として、王羲之・献之親子やその子孫といわれる智永にかけての六朝〜隋朝期、狂草で新たな世界を開いた懐素以降の唐朝後期から条幅が生まれた明朝にかけて高く評価されている。晋朝では「幼児も草書を書ける」と言われたほど流布した書体だけに、普遍的な書体として長く用いられたことになる。
明治以後の日本においては、楷書を正式な書体に位置づけ、行書を日常的に用いる筆記体と見なして教育を進めたため、草書は非日常的な芸術向けの書体として愛好されている。
また、中華人民共和国において識字率向上の手段として、従来の繁体字を省略した「簡体字」を考案したが、その字や部首の多くは草書を範としている。
草書或は行書の日本化したものを「和様」と呼ぶことがある。御家流はこの流れで、平仮名もこれから派生したとされる。
アルファベットのいわゆる「筆記体」を草書体と呼ぶことがある。草書の例 董其昌(中国・明)筆 行草書羅漢賛等書巻(東京国立博物館蔵、部分) (釈文)癸卯参月 在蘇之雲隠山房 雨窓無事等して下さる協力者を求めています(P:文字)。
カテゴリ: 文字関連のスタブ | 漢字書体
更新日時:2008年5月4日(日)19:27
取得日時:2008/07/05 16:35