茨城交通
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茨城交通株式会社
Ibaraki Kotsu Company, Limited種類株式会社
市場情報非上場


略称茨交(いばこう)
本社所在地日本
〒310-0055
茨城県水戸市袴塚三丁目5番36号
電話番号029-251-2331
設立1944年8月1日
業種陸運業
事業内容乗合バス事業
貸切バス事業
不動産業他
代表者代表取締役社長 竹内順一
資本金3億円
売上高21億円
総資産▲78億円(平成18年累積債務188億円のうち97億円を銀行団が債権放棄、現有有利子負債78億円)
従業員数362名
主要株主三洋商事(863,899株)
常陽銀行(347,855株)
日立電鉄(345,848株)
主要子会社茨城オート
茨交県北バス
茨交ホテルズ他
関係する人物雅山哲士大相撲力士)- 父親が茨城交通の役員。
外部リンク ⇒http://www.ibako.co.jp/
 ・編・歴 

茨城交通株式会社(いばらきこうつう)は、茨城県に路線を有するバス会社である。地元では茨交(いばこう)と略して呼ばれる。他に不動産事業を行う。過去には鉄道事業も行っていた。
目次

1 歴史

1.1 合併元の鉄道会社


2 バス事業

2.1 バス営業所

2.2 バス営業所(廃止)

2.3 一般バス路線

2.4 廃止された路線

2.5 高速バス路線

2.5.1 上野駅・東京駅・新宿駅発着

2.5.2 成田空港・羽田空港発着

2.5.3 休止・廃止・撤退された高速バス路線



3 鉄道事業(撤退)

3.1 廃止・譲渡路線


4 関連会社

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歴史

1944年8月1日、茨城県内の交通統合に伴い、水浜電車とその系列下の茨城鉄道、湊鉄道、袋田温泉自動車の現物出資により成立発足した。同時に、個人経営を含む中小バス事業者を買収、ならびに日立電鉄、および東武鉄道からバス路線の譲渡を受けている。


合併元の鉄道会社

茨城交通が成立するときに合併した鉄道会社には、次のものがある。
水浜電車(すいひんでんしゃ)
1921年設立。電気軌道の運営と電力の供給事業を目的としていた。1922年に電力供給事業と浜田〜磯浜の電気軌道を開業。その後、軌道は小刻みに路線延長を繰り返し、合併の時点で袴塚〜湊(うち大洗〜湊は1938年6月以降休止)を開業していた。電力事業は1942年に電力統合に伴い関東配電に譲渡されている。茨城交通の成立後は水浜線となったが1966年に全廃された。
茨城鉄道(いばらきてつどう)
1923年設立。1926年1927年にかけて開業した赤塚〜御前山間の鉄道線を保有していた。茨城交通の成立後は茨城線となったが1971年に全廃された。なお、通称「茨鉄(いばてつ)」と呼ばれた。
湊鉄道(みなとてつどう)
1907年設立。1913年1928年にかけて開業した勝田阿字ヶ浦間の鉄道線を保有していた。茨城交通の成立後は湊線となったが、2008年ひたちなか海浜鉄道に分社化された。旧社名から、現在でも湊線が湊鉄道線と呼ばれることもある。

水浜電車は地元の豪商竹内権兵衛が創設した。竹内は常北地区の私鉄各社の経営に携わり、上記三社のほかに日立電鉄の前身・常北電気鉄道にも深く関わっていた。戦時下の交通統制の際、茨城県下を当初常総地区・鹿行(ろっこう)地区・常北地区の3ブロックに分け、常北地区は竹内系の企業で統合しようとしたが、すでに1941年常北電気鉄道は日立製作所の系列下に入り竹内の手を離れたため、統合は常北地区を水戸地区と日立地区に分けた4ブロックに変更されて行われた。竹内家は現在も茨城交通に代々社長を出す事実上のオーナー一族であるが現在は銀行管理されている。存続の危機の噂も囁かれているが、現在再建途上にある。


バス事業高速バス、三菱ふそう・エアロバス日産ディーゼル・フィリピン製車両路線バス(現在の塗色)路線バス旧塗色


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki