芸能人(げいのうじん)は、芸能を職業とする人。
目次
1 意味合い
2 概要と解説
2.1 近代以前の芸能
2.2 マスメディアの登場と芸能人の変化
2.3 境界性の強い芸能人
3 犯罪
3.1 再犯率が高い理由
3.2 復帰後
4 芸能事務所が加盟する業界団体
5 分類
6 関連項目
7 脚注
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本来芸能人とは、観客の前で、彼らに芸を披露することをなりわいとする人々である。広義の意味では伝統芸能を披露する人を含むが、現代では舞台芸術からマスコミへの移行に伴う大衆娯楽の変化で、20世紀以降に観客と直接対面せずテレビ、ラジオ、映画、レコードなどで芸を披露する人々の事を指すのがほとんどである。
現在日本で主に「芸能人」と呼ばれるのは、後者の中でも特に、テレビと映画で芸を披露する人々である。テレビや映画に出ない人は芸能人ではないといったふうな誤解をしている人も多い。更に、テレビのトークバラエティの興成により、トークをする人・できる人が芸能人であるというふうな風潮も生まれた。そのため、テレビに出演しても本来の意味での「芸能」のみをおこなう人(たとえば最低限のトークしかしない歌手)は「芸能人らしくない」と表現されるなどという逆転現象も見られる。
売れっ子ともなれば当然知名度も上がり、収入も増える。結果、ファッション、ライフスタイル、言動などが常に大衆に注目されるようになり、時としてカリスマ的な影響力を及ぼす。だが、そんなに甘い世界という訳でもなく、生活を維持し生計を立てるには不安定で、人気が無くなれば活躍の場は減り、1度上ったギャラは下がらないので、テレビ局側も起用しなくなる。その結果、人々に忘れられればそれこそ「お役御免」とされてしまうシビアな世界でもある。実際、芸能界に入ってもデビューして有名になれた人は実際には極めて少ない。
長期的に安定した職業とするには才能や実力は絶対条件ながら短期的展望においては運によるものもあり、逆に実力があってもチャンスに恵まれなければなかなか活躍は出来ず、総じて有名になれる者はごくわずかである。しかし、その華やかさもあって若年者からの「将来なりたい職業」では常に上位にランクインするなど、大衆文化を享受する人々にとっては常に憧れであり、依然人気である。
現代においては、実際にはさほどの芸も実力も無い者がまさしく運と話題性によって生き残っているケースも実在するため(某クイズ番組の6人等)、「芸ノー人(芸NO人)」と揶揄したり、また同性愛者の芸能人を「ゲイ能人(Gay能人)」と呼ぶこともある。その一例として、レイザーラモンHGがいる(ただしレイザーラモンHGはお笑いのネタとしてゲイを演じているだけで、実際は同性愛者ではない)。
芸能界は横のつながりが強く、極めて閉鎖的な世界としても知られている。
一部の大スターや大御所を除けば、芸能人の社会的地位は未だ高いとはいえず、それなりの売れっ子であっても、銀行が融資を渋る、カード使用限度額を低く見積もられる等の事情も見受けられ経済的な援助が受けにくい状況にある。
古くは、芸能は神事から発達したものであった。神懸かりの巫女の口から発せられる神託の言葉が人々への言祝ぎになったのが神楽などの原形である。日本土着の宗教である神道は大嘗祭、新嘗祭などにみられるように農耕信仰の要素を持っており、田楽などが派生し世阿弥らによって能・狂言などに受け継ぎ発展された。 農村社会が永らく続いた日本においては、成人するまでに村社会において必要な様々な実力を身につけることが求められ、周囲の仲間と同等の仕事、例えば重い米俵を担げる、同じ早さで稲刈りが出来るといった必要な能力を身に着け損ねた者は、大工や鳶といった職業集団や旅芸人等へ身売りされるといった側面もあった。江戸時代には士農工商の身分外の存在(商人や職人の更に下の身分)として差別される形となって記録されている。同時代、歌舞伎が反社会的なものと見なされながらも発展し、遊郭の遊女は芸能的才能を持っていたため「芸者」とも呼ばれ、外国語で“ゲイシャ”というイメージの元となっている。
現代のようにマネジメント等を専門に引き受ける会社がなかった時代、基本的には師匠に弟子入りし、師の元で研鑽に励む事で芸を受け継ぎ、自分のものにしてゆくのが典型的な方式であったが、世阿弥の例に見られるように時の将軍の覚えめでたく、破格の待遇をもって当時最高峰の知識人であった一流の貴族から直接教養を授かるチャンスに恵まれた事を生かして、自らの技を高めその奥義を記す迄に至った場合もある。また、猿楽、田楽といった庶民的なものも含め活動の場はもっぱら舞台しかなく、他者と技を競うといった機会も限られることから自らが必死に研鑽に努めたとしても生活の保障などは期待できなかった。かつては琵琶法師や座頭のような障害者も『平家物語』など口承文芸を謡うことで民衆の宗教心をもとに生活を立てていくことが可能であったが近世に入って世俗化が進むようになると生計を立てるのは苦しくなっていった。
ヨーロッパ等においても彫刻家や音楽家の処遇にそのルーツを見る事ができる[要出典]。