花街(かがい、はなまち)
元々、遊女屋や芸妓屋が集まっている区域を指す名称である。
現在は(遊女屋が集まる区域=遊廓が存在しないため)芸妓屋が集まっている区域を花街と呼ぶ場合が多い。
目次
1 概要
2 近年の状況
3 「はなまち」について
4 関連書
5 関連項目
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以下では芸妓屋が集まっている区域を花街とする。
芸妓は芸事(歌・踊り)を中心におかれる存在で、肉体を主とする遊女と同一視すべきでは無い。従って、花街は遊郭や赤線と区別するべきである。しかし江戸時代の高級遊女は芸事教養を身に付け単なる売春婦とは同一視できなかったこと、また芸妓の表看板を出していても実際には金銭で簡単に交渉に応じる者が多かったことなどの事情もあって、両者のイメージは混同されがちである。現在においても日本以外の国を初め、日本国内でも芸妓や花街に対するマイナスイメージ、偏見や誤解がいまだに解かれていないのが現状である。
明治時代以降、芸妓置屋、待合、料亭の営業は一定区域以外には許可されなかった。これら三業が許可された区域を三業地ともいう(待合が許可されない二業地もある)。
近年では情報誌などで「気軽に行ける花街」といった特集が組まれることもあるが、この場合は、もっぱら芸妓を呼んで楽しむことのできる区域のことを指す。
後継者難で衰退した花街が多いが、芸妓に憧れる若い女性も見られるようになり、京都、金沢、のほか、東京や名古屋、有馬温泉、博多などの花街では、それぞれの個性を明確に打ち出し、再びにぎわいを取り戻している花街もある。
「はなまち」という読み方は、三善英史の歌謡曲『円山・花町・母の町(まるやま・はなまち・ははのまち)』(1973年)のヒット以降、使われるようになった。円山(まるやま)とは、渋谷区道玄坂付近にあった三業地である。また、映画『花街の母』(1979年)と同名の金田たつえの演歌『花街の母(はなまちのはは)』もヒットした。現在では「かがい」より多く使われ一般に浸透しているが、本来は「かがい」が正しい読み方である。
関連書
岩下 尚史著『芸者論』 雄山閣 ISBN 4639019521
明田 鉄男 著『日本花街史 (POD版)』 雄山閣 ISBN 4639010028
関連項目
芸妓
歓楽街
京の花街
東京の花街
大阪の花街
料亭
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カテゴリ: 日本文化関連のスタブ項目 | 花街
更新日時:2008年7月18日(金)15:22
取得日時:2008/08/16 13:23