芦屋雁之助
完全無料エロボイス♪
「声」は興奮しますよ!

[Wikipedia|▼Menu]

この項目に含まれる文字「芦」は、オペレーティングシステムブラウザなどの環境により表示が異なります。

あしや がんのすけ
芦屋 雁之助
本名西部 清
(にしべ きよし)
別名雁ちゃん
生年月日1931年5月29日
没年月日2004年4月7日(満72歳没)
出生地 日本
京都府京都市
ジャンル喜劇俳優、舞台俳優
活動期間1954年 - 2004年
配偶者長女(西部里菜)
主な作品
番頭はんと丁稚どん
裸の大将放浪記
必殺シリーズ
備考
歌手として第35回NHK紅白歌合戦に出場
表示

芦屋 雁之助(あしや がんのすけ、1931年5月29日 - 2004年4月7日)は、京都府京都市出身の日本喜劇俳優歌手。本名、西部 清(にしべ きよし)。
目次

1 来歴・人物

2 エピソード

3 出演

3.1 バラエティ

3.2 テレビドラマ

3.3 映画

3.4 舞台

3.5 CM


4 音楽

4.1 シングル


5 関連項目

//


来歴・人物

実家の家業は京都の友禅屋で後に芸事、道楽が好きで父は「若松家」の亭号を名乗る芸人だったという。18歳の時に父の一座につく。一時、漫才師五條家弁慶の弟子となり、弁慶師匠夫婦の前座として中国の服を着て手品をしたり師匠と漫才や芝居の舞台に立った。その後弟の芦屋小雁と当時人気の漫才師、芦の家雁玉林田十郎に弟子入りし、弟子入りしてまもなく亭号「芦の家」を勝手に「芦屋」に変えた為破門される(後に活躍が認められ破門を解かれる)。その後京都の京都新京極富貴、大阪の戎橋松竹中心に活躍、後若手漫才の有望株といわれるが、3、4年コンビを結成活動後、演劇評論家の武智鉄二の勧めで突然漫才をやめ、1954年、開場した「OSミュージックホール」に入り、座付作者の花登筐のコントを演じる。以来、彼のコントには兄弟で出演した。

1959年3月にスタートした毎日放送の公開コメディー番組『番頭はんと丁稚どん』で、薬屋の番頭を演じ、人気を集める。主なギャグに「いやいや、もの凄いこと言わはる」、「いやっ、えらいとこ見つかってしもうた」、「わてが雁之助だす」など。1984年に発売した『娘よ』が150万枚を超える(オリコンでは約80万枚)大ヒットとなり、同年の第35回NHK紅白歌合戦に出場した。ドラマ『裸の大将放浪記』(関西テレビフジテレビ系『花王名人劇場』→『花王ファミリースペシャル』)では、画家山下清役を演じ、当たり役となった。1994年頃から糖尿病を患い静養しながらの舞台出演が続いた。

2004年4月7日、鬱血性心不全のため京都市の病院で死去。享年72。

娘は、元女優で歌手のRina(本名及び旧芸名は西部里菜)(indigo blue)。実弟は芦屋小雁(俳優)、芦屋雁平(俳優、吉本新喜劇入団当初は芸名を初代芦屋凡凡といった)。弟子に今宮エビス芦屋凡凡{2代目}らがいた。


エピソード

裸の大将・山下清との出会いは藤本義一が脚本の舞台公演が始めで有り、その後、数回、本人とも出会っている、

弟と共に大食漢で知られ一日五回、食事をしていた。それが原因で病気を患ったといわれているが、「山下清の役作りのために体重を落とすわけにもいかなかった」と本人は晩年に語っている。


出演


バラエティ

番頭はんと丁稚どん(毎日放送

ザ・ドリフターズの特番(NETテレビ(現在のテレビ朝日)

オレたちひょうきん族 フジテレビジョン


テレビドラマ

ザ・ガードマン 第346話「結婚ウハウハ団体列車」(1971年、TBS大映テレビ室

必殺からくり人朝日放送 必殺シリーズ


★制服でHなバイト★
1日5万円★日払い★

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:14 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki