航空宇宙技術研究所(こうくううちゅうぎじゅつけんきゅうしょ、通称:航技研、National Aerospace Laboratory of Japan, NAL)は、総理府(現内閣府)科学技術行政協議会により1955年(昭和30)に設立された日本の研究所。当初は「航空技術研究所」の名称で設立され、8年後の1963年(昭和38)に科学技術庁(現文部科学省)「航空宇宙技術研究所」と改称された[1]。現在は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の一部となっている。
目次
1 場所
2 組織
2.1 研究所の役割
3 沿革
3.1 課題
3.2 業務史
3.3 統合後
3.4 基礎研究
4 現在
5 施設概要
6 関連項目
6.1 該当項目
7 出典
//
東京都調布市にある航空宇宙技術研究所の所在地は、東京都調布市深大寺東町7-44-1だが、以前は東京都三鷹市新川600であった。これは、以前は東八道路(三鷹市)側にあった正門が三鷹通り(調布市)側に移ったからである。
航空宇宙技術研究所内には、次の組織を設置。
独立行政法人法による、宇宙航空研究開発機構の本社。
総合技術研究本部 - 新規に設置された、統合前の各技術研究部の横断調整部門。
航空プログラムグループ - 航空工学関連の基礎研究部門
基本は、航空機体の基礎研究及び開発、次世代型航空エンジンの基礎研究及び開発などを行うことである。 しかしながら、この研究所は試験機関としての側面で活用されることもある、大型試験設備として風洞群の運用を行っている。この風洞群と連動する形で、スーパーコンピュータを運用しており、NISとして企業や大学などから利用を頂いている。 風速1m/sからマッハ15の極超音速までの速度領域をカバーする、9つの実用風洞設備を有している。この実験風洞を用いて開発された自動車などもある。
前史及び、発足については、宇宙科学研究所参照のこと。 設立以降、航空宇宙分野の国立研究所として活動を続けてきた。戦後、国産初の旅客機YS-11の開発に辺り、東京大学附属生産技術研究所と共同で、主として航空機研究開発の基礎的研究を実施してきた。現在、東京大学先端技術研究センター内にある風洞は、本研究所と東京大学附属生産技術研究所、宇宙科学研究所の3部門で開発を行った手作り風洞である。
「飛鳥」の実用化失敗などを内外から批判された結果、JAXA統合までに一度も有人の実験機を製作することはなかった。統合後は研究所内での比較的規模の小さな実験にとどまっている。 2002年(平成14)7月に行った久々の独自設計による無人超音速実験機が、設計ミスから発射に失敗し大破する事態となり、実機製作の経験不足を露呈する形となった。 この経験をふまえ、飛行中止となったYS-11を入手、その機体や設計思想を見直すことで、先人の工夫や努力から学ぶ努力を開始。
業務史
国産旅客機YS-11の開発支援。
短距離離着陸 (STOL) 実験機「飛鳥」の開発。
「飛鳥」に搭載する国産では初となったターボファンエンジン FJR710の開発。
H-IIロケットの第一段ロケットエンジンLE-7用液酸ターボポンプの開発(宇宙開発事業団)
極超音速飛行実験機 (HYFLEX) と小型自動着陸実験機 (ALFLEX) の共同開発(宇宙科学研究所)
次世代超音速輸送機や成層圏プラットフォームなどの研究開発と協力などを実施。
2003年(平成15)10月に宇宙開発事業団・宇宙科学研究所と統合され、独立行政法人宇宙航空研究開発機構 (JAXA) の一部門となった。航空宇宙技術研究所の担当分野は総合技術研究本部となり、ロケットや航空機とその周辺技術の研究を担当している。
2005年(平成17)9月に同無人機の再実験が行われ、ようやく成功を収めた。将来的にはコンコルドの後継機をフランスと共同開発する計画がある。この成功により、縮小気味であったYS-11以来の「国産旅客機」実用化への期待が持たれている。
基盤研究分野では、数値シミュレーション技術の開発(NSシステム)にも古くから取り組んでおり、1993年(平成5)に富士通と共同開発した「数値風洞 (NWT)」は、当時世界最速のスーパーコンピュータとして話題になった。