臨時補助貨幣
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臨時補助貨幣(りんじほじょかへい)とは、戦局悪化に伴う貨幣材料調達事情による様式変更などの、政令による臨機応変な対応を可能とした昭和13年(1938年)6月1日施行の臨時通貨法の下、日本鋳造され発行、流通した補助貨幣の総称である。なお昭和62年(1987年)の「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」の公布に至り臨時通貨法は廃止された。

本項では、昭和13年(1938年)の臨時通貨法施行後から現行貨幣発行までに造幣局で製造、発行された臨時補助貨幣について解説する。現行貨幣については「日本の硬貨」を、また現行記念貨幣については「記念貨幣」の項目を参照されたい。

また臨時通貨法以前の補助銀貨については「日本の銀貨」を、その他の補助貨幣については「日本の補助貨幣」の項目をそれぞれ参照されたい。
目次

1 歴史的経緯

2 昭和13年発行のアルミ青銅貨・黄銅貨・アルミニウム貨

3 昭和15年?18年発行のアルミニウム貨

4 昭和19年発行の錫貨

5 戦後のアルミニウム貨・錫貨

6 戦後の黄銅貨

7 年銘別発行枚数

8 参考文献

9 脚注

10 関連項目

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歴史的経緯

昭和12年(1937年)、盧溝橋での日中両軍の衝突を発端に勃発した日中戦争[1]をきっかけに翌年6月に臨時通貨法が施行され、その第一条に「政府ハ必要アルトキハ貨幣法第三条ニ規定スルモノノ外臨時補助貨幣ヲ発行スルコトヲ得」の通り臨時補助貨幣の様式改正の際は、国会の承認を得ることなく政令による変更が可能となった。このとき10銭、5銭および1銭の貨幣が規定され、通用制限額は10銭および5銭が五、1銭が一圓迄、法貨として通用すると規定された。これ以降、発行される貨幣は臨時補助貨幣のみとなり、 ⇒貨幣法に基づく貨幣が発行されることは無く、有名無実化した法律のみが昭和62年(1987年)まで生き続けた。

当初は戦争の影響による通貨拡大に伴う補助貨幣需要増大を補うため、新規発行貨幣で不足分を補う見通しであったが、軍需用金属の需要が高まるにつれ、次第に以前発行の貨幣を回収し交換していく形に移行した。特にアルミニウム貨は増産が容易であり、1銭、5銭および10銭の硬貨については昭和18年(1943年)頃までに、既存の補助貨幣の発行枚数を凌駕するに至った。すなわち大部分が臨時補助貨幣に入れ替ったことになる。

臨時通貨法施行と同時に製造が始まったのが、十銭および五銭のアルミ青銅貨および一銭黄銅貨であった。十銭および五銭がニッケル貨から変更されたのは、ニッケル貨発行本来の目的を達成すべく、ニッケルの兵器転用が進行したことを意味する。一銭については、砲身用の銅の需要が高まったため間もなくアルミ貨に変更された。50銭銀貨については政府紙幣の発行で代用されることとなり、回収が進行した。

昭和15年(1940年)になると、十銭および五銭を含めて全てがアルミ貨に変更された。さらに昭和16年(1941年)の太平洋戦争開戦直前にアルミ貨の量目が削減され、さらに戦局悪化および貨幣用資材調達の都合から昭和18年に更なる量目の削減が行われた。

昭和19年(1944年)、アルミニウムの調達も困難となり、当時日本の勢力圏内であったマレーシアなど、スズの産地を抱えていたことから、錫貨が発行されるに至った。このスズは余りにも軟質で貨幣材料としては決して適当といえるものではなかった。さらにスズも運搬が困難となったことから、陶貨の製造が始まったところで終戦を迎えた。

昭和20年(1945年)8月、戦後間もなく一銭錫貨を、9月からは五銭アルミ貨の製造を始めたが、これは国名が「大日本」で戦時中そのままのものであったため連合軍総司令部に発行を差し止められた。そこで同年11月から新たなデザインで十銭アルミ貨を、12月からは五銭錫貨が製造開始され、国名表示は「日本政府」となった。

しかしながら造幣局手持ちのアルミニウムおよびスズの地金は間もなく底をつく見通しとなり、新たな貨幣材料の確保が課題であったところに、戦時中、軍が使用していた薬莢、弾帯、黄銅棒、信管など黄銅の材料が多量に存在することが判明し、払い下げを受けて、昭和21年(1946年)から五十銭黄銅貨の製造が始まった。しかし新円切り替え直後のこの時期は戦後処理によるインフレーションが激しく、昭和22年(1947年)7月からは小型化した五十銭黄銅貨に改正された。さらにインフレーションは進行し、昭和23年(1948年)には五円および一円と、遂に円単位の臨時補助貨幣が登場するに至った。この五円黄銅貨は現行貨幣最古参のものである。五十銭黄銅貨の通用制限額は十圓、以降円単位の貨幣の通用制限額はすべて額面の20倍に定められた。

その後、臨時補助貨幣に十円五十円、さらに百円が順次追加され、本来補助貨幣単位でない「円」単位の補助貨幣が次々に登場した。また「銭」単位は取引において事実上ほとんど意味を成さないものとなっていたため、「小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律」により昭和28年末をもって銭および厘単位の補助貨幣、臨時補助貨幣、および鋳潰しの対象となっていた一円黄銅貨は廃貨措置がとられた。

臨時通貨法は当初、日中戦争[1]終了後一年という期限付きの時限立法であったが、その後太平洋戦争[2]終了後一年に変更され、戦後はこの期限も削除されたうえに円単位の臨時補助貨幣が追加され、昭和39年(1964年)には東京オリンピックの記念千円銀貨が臨時補助貨幣として発行され、昭和57年(1982年)には通常貨として五百円白銅貨が追加された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen