腕時計(うでどけい)とは、バンド(帯)によって腕に装着することができる小型の携帯用時計である。
腕時計の生産2003年万本割合
日本52,33570.5
中国[1]18,13724.4
スイス2,5903.5
インド1,3451.8
香港1,1521.6
ロシア5150.7
韓国4370.6
ベラルーシ2680.4
ドイツ980.1
イギリス100.0
世界合計74,304100.0
場所を選ばず時刻を知ることを可能とする基本的機能のほかに、さまざまな付加的機能を併せ持ったものが存在し、また、服飾コーディネートの一部、あるいは社会的ステータスをあらわす装身具としての性格も備えている。そのため、ごく低価格の実用品から、高級宝飾品級の超高額品に至るまで、広範な価格帯の製品が流通している。
駆動方式は1980年代以降水晶発振計時のクォーツ式が主流である。しかし一方で電気動力を用いずぜんまい動力のみによって作動する旧来の機械式時計は、高級価格帯を中心に根強い人気があるほか、世界的には電池入手が容易でないなどの理由から機械式の腕時計が専ら用いられている地域も存在する。
目次
1 歴史
1.1 腕時計の誕生
1.2 初期の腕時計
1.3 自動巻腕時計
1.4 日本の腕時計
1.5 精度向上と電気動力化
1.6 クォーツショック
1.7 機械式の復権と日本メーカーの凋落
1.8 新たな腕時計の模索
2 防水腕時計
2.1 ねじ込み式
2.2 Oリング防水
3 宝飾腕時計
4 複雑時計
5 デジタル化による付加機能
6 性差・着用方法
7 腕時計をめぐる逸話
8 参考文献
9 関連項目
10 脚注
11 外部リンク
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腕時計自体は19世紀後半に誕生したが、当初は時計付きブレスレットとして女性用の装身具であり、実用上も精度は低かった。
現代の意味での腕時計が誕生した契機は、機動性・迅速性を要求される軍隊用の需要である。それまでの懐中時計はポケットからいちいち取り出して時間を確認する必要があり、特に砲兵たちは砲撃間隔の測定に時計を片手に行わねばならなかった。そんな状況から、手首に懐中時計をくくりつけて使用する応用が始まり、やがてドイツ軍がこのアイデアの製品化を時計メーカーに打診している。記録に残る最初の発注は1879年、ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世がドイツ海軍用としてジラール・ペルゴに腕時計を2,000個製作させたという記録がある。 その他の草創期の使用例としては1895年の日清戦争に従軍した日本兵の写真に腕時計(一説に、腕に巻いた懐中時計)が写っていた例、1899年のボーア戦争でイギリス軍将兵が懐中時計を手首に装着した例がある。
1902年にはオメガ社が腕時計を本格商品化し、軍人が腕に付けた腕時計を見ながら「これは欠かせない軍用装備だ」と言っている内容の広告を打つが、当時の男性用腕時計は女性用懐中時計の竜頭位置を横に変えて革ベルトに固定したものであったことから、軍用としてはともかく、一般の男性民間層にはなかなか普及しなかった(後日、女性用懐中時計のムーブメント(時計内部の機械)のみの共用を経て、腕時計専用のケースとムーブメント開発が行われるようになった)。しかし依然として男性が携帯する時計は懐中時計が主流で、腕時計は正式な存在とは見なされていなかった。
紳士用腕時計として最初に大きな成功を収めたのはフランスのカルティエが開発した角形ケースのサントスで、1911年のことである。元々この腕時計はブラジルのアルベルト・サントス・デュモンのために作られたものであった。アルベルトは飛行船の操縦中、大きな動作を取らずに時間を確認出来るようルイ・カルティエに依頼して腕時計を制作させた。それまでの軍用時計と違い洗練された形態はパリの社交界で話題となり、市販されるように至った。「サントス」はスポーツ・ウォッチの古典となり、21世紀に入った現在でもカルティエの代表的な製品の一つとして市販されている。
第一次世界大戦は腕時計の普及を促す契機となり、男性の携帯する時計は懐中時計から腕時計へと完全に移行した。戦後には多くの懐中時計メーカーが腕時計の分野へ転身した。
第二次世界大戦以前からの主要な腕時計生産国としては、懐中時計の時代から大量生産技術が進展したアメリカ合衆国のほか、古くから時計産業が発達したスイス、イギリスなどがあげられる。