胡啓立(こけいりつ、 Hu Qili, 1929年10月-)は陝西省?林生まれ。中華人民共和国の政治家。地中国共産党中央政治局常務委員だった1989年の天安門事件で、学生たちに同情的な立場をとったため解任された。
1951年、北京大学物理学科を卒業し、1956年まで同大学の団委員書記、全国学生連合会主席を務める。文化大革命期の1966年から五七幹校に下放される。1972年に寧夏回族自治区西吉県委副書記となり復活を果たすと、固原地委副書記、自治区党委弁公庁主任。1977年から清華大学の党委副書記、78年中国共産主義青年団中央書記処書記、全国青年聯合会主席。
80年から天津市党委書記と市長を兼任、82年に中央へ転出され中央弁公庁主任、中央書記処書記、87年第13期一中全会で常務委員。胡耀邦失脚でケ小平は胡啓立を後継者に考えていたが、天安門事件で趙紫陽とともに学生運動に同情的な姿勢を見せ戒厳令に反対したため政治局常務委員を解任され、中央委員に格下げとなった。
91年に機械電子工業部副部長、部長となり中国聯通を設立させるなどしたが、政治局復活はならず98年の政治協商会議で全国政協副主席となる。2001年、2002年と訪日し、瀋陽領事館への武装警察進入直後だった後者は小泉純一郎総理と会談している。2003年3月引退。
先代:
陳偉達天津市長
1980年 - 1982年 次代:
李瑞環
外部サイト
⇒新華社による履歴
[* ⇒新華社による履歴 我が心の中の耀邦](中国語)
カテゴリ: 中華人民共和国の政治家 | 1929年生
更新日時:2008年4月15日(火)10:07
取得日時:2008/09/21 01:34