聖餐(せいさん)とはイエス・キリストの最後の晩餐に由来するキリスト教の儀式。「エウカリスト」の日本語訳。「聖餐」はおもに西方の教派で使われる訳語だが、カトリック教会では「聖体拝領」、「聖体の秘跡」と呼ばれる。日本の聖公会、プロテスタント教会などでは「聖餐式」とも呼ばれる。正教会における「聖体礼儀」、「聖体機密」に相当する。「主の晩餐」の語はいずれの教派でも使われる。
目次
1 最後の晩餐
2 エウカリスト
2.1 語源
2.2 初期キリスト教
2.3 コムニオン
3 聖餐の位置づけ
4 典礼と儀式
4.1 初代教会
4.2 カトリック教会
4.3 正教会
4.4 ルーテル教会
5 注釈
6 関連書籍
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新約聖書には、イエスが引き渡される前に、弟子たちと最後の食事を共にし、自分の記念としてこの食事を行うよう命じたことが記されている。これが「最後の晩餐」である。共観福音書によればイエスはパンを取り、「これがわたしのからだである」といい、杯をとり「これがわたしの血である」といって弟子たちに与えた。『コリントの信徒への手紙一』(11:23-26)にも述べられており、初期からこの儀式が教団内で行われていたことが分かる。キリスト教徒はこの儀式を行うことで、そこにキリストが現存するという信仰を保持してきたが、宗派によって細かいやり方や考え方は異なっている。
伝統的なカトリックと正教会のキリスト教徒たちは聖餐をサクラメント(秘跡)[1]として行ってきたが、宗教改革以降のプロテスタント教会はあえてこれを秘跡と呼ばず、礼典という呼称を用いる[2]。これは、「神の救済は人間の行いによるのではなく、信仰のみによる。」という考え方から、聖餐の執行そのものを救いの要件とは考えないためである。ただし、聖餐に何らかの意味を持たせるか、単に象徴的な儀式と考えるかは、教派によって異なる。多くは、聖餐において神の恵みが人間に伝えられるのではなく、共同体の信仰を示すための儀式であるとしている。
聖餐は多くの言語でギリシア語由来の語「エウカリスティア」から変化した語で呼ばれる。日本語の聖餐はこれを意訳したものであるが、日本の一部教派では英語化したエウカリスト、ユーカリストの語で聖餐を呼ぶものもある。
ギリシア語の「エウカリスティア」(ευχαριστ?α)は感謝という意味の名詞である。この語はさらに ευ- (良い)と χαρ? 「喜び」という二つの語根に分けられる。この言葉の動詞形は「エウカリストー」(ευχαριστω)で、新約聖書の中で55箇所用例がある。『マタイによる福音書』(以下マタイ)26:27、『マルコによる福音書』(以下マルコ)14:23、『ルカによる福音書』(以下ルカ)22:19および『コリントの信徒への手紙一』(以下一コリント)11:24ではイエスが自分の体と血であると宣言したパンとワインを「感謝して」弟子たちに与えたことが書かれている。新約聖書において「感謝する」とは「祈る」とほぼ同義に使われ、聖餐とは本来この式の中で聖別されたパンとワインのことを指した。なお現代ギリシア語で "ευχαριστ?" /efxaristo/というと「私は感謝する」、つまり「ありがとう」の意で用いられる。
ギリシア語の「感謝」を意味する「エウカリスト」という言葉は初期のキリスト教の歴史にすでに現れる。たとえばアンティオキアのイグナティオスは110年ごろのスミルナとフィラデルフィアの共同体にあてた手紙の中で聖餐の儀式を指して「エウカリスト」という言葉を用いている。150年ごろ、ユスティノスも『弁明』(Apologia)の中でエウカリストと呼ばれる聖餐の儀式の詳細を描いている。
カトリック教会や正教会、聖公会、プロテスタントの多くの教会では、(交わりを意味する)ラテン語コムニオ(communio)に由来するコムニオン(Communion)という言葉も用いられる。キリスト教におけるコムニオンの語は原義において、聖餐ないし聖餐式を指すが、転じて、神と信徒の交わり、信徒同士の交わりなども意味する。このように「コミュニオン」という言葉は教派を超えて重要な用語であるが、この言葉が狭義に何を指すかは宗派によって微妙に異なり、カトリック教会と正教会では、聖餐の儀式そのものを指すというより、聖体(パンとワイン)を口にすること(聖体拝領、領聖)や聖別された聖体そのものを「コムニオン」といって区別している。このような場合は聖餐の式(エウカリスト)にあずかっても、聖体(コムニオン)を受けないということもおこりうる。他方、聖公会では「ホーリー・コミュニオン」(Holy Communion)というのが聖餐式そのものを指す言葉である。
カトリック教会では聖餐を「聖体の秘跡」というが、パンとワインがキリストの体と血に変化し、それを信徒が分け合うことこそがミサの中心である。「ミサ」という言葉は聖公会でも用いられる。これは聖公会がプロテスタントであっても、政治的な理由でローマ教皇庁から離れたため、典礼などは多くの部分をカトリック教会からそのまま引き継いだことが背景にある。正教会では伝統的に「聖体機密」という用語を用いている。聖体機密を核とする奉神礼(典礼)が聖体礼儀(Divine Liturgy)であり、カトリックのミサに相当する。プロテスタント教会では「主の晩餐」や「パンを裂く式」といった言い方がされることもある。