聖教新聞(せいきょうしんぶん)は、聖教新聞社が発行する新宗教団体創価学会の日刊機関紙である。1951年4月20日創刊。
なお聖教新聞社は宗教法人創価学会の機関紙発行・出版部門であり、独立の法人格を持たないため、他の一般紙を発行している新聞社のように企業法人税を払う義務がない(但し宗教法人の収益事業として軽減税率[1]による納税義務は生じる)。聖教新聞社。東京都新宿区信濃町
目次
1 概要
2 歴史
3 位置付け
4 紙面
4.1 名字の言
5 印刷
6 販売店
7 配達
8 広告
8.1 提供番組
9 脚注
10 関連項目
11 外部リンク
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朝刊のみ。購読料は月極め1,880円(税込み)。発行部数は公称550万部。聖教新聞の「聖」は、主に富士門流系宗派・団体が用いる日蓮の尊称である「大聖人(だいしょうにん)」の「聖」に由来する。
なお聖教新聞は日本新聞協会および日本ABC協会に加盟しておらず、発行部数はあくまで聖教新聞社の発表による。自身による公称発行部数は1990年代から2006年まで「550万部」のままである。
歴史
1951年4月20日 - 創刊。旬刊2面、発行部数は5000部。
1953年9月6日 - 週刊化。
1955年6月1日 - 販売店、配達員制度が始まる。
1957年8月2日 - 紙面が8面になる。
1960年9月3日 - 週2回刊化。
1962年1月1日 - 週3回刊化。
1965年1月1日 - 池田大作の小説『人間革命』が連載開始。
1965年7月15日 - 日刊化。
1971年1月4日 - 紙面が12面になる。
1993年11月18日 - 池田大作の小説『新・人間革命』が連載開始。
2006年11月18日 - 聖教新聞の公式ウェブサイト「SEIKYOnet」が開設される。
「マイ聖教」といわれる運動が繰り広げられ、年に2回程度「新聞啓蒙月間」というものがある。 創価学会員の中には1世帯で2 - 3部購読している者も多い。 熱心な創価学会員は聖教新聞を「池田先生からの手紙」と位置づけ、スクラップ帖を作るなどして大事に保存しているという。 配達員は「無冠の友」と呼ばれる。贈呈は功徳になるといわれている為、会員から友人宛てに無料で配達(贈呈)されている場合も多く、会員の自宅前などに「ご自由にお読みください。」と書かれた「聖教ボックス」を設置して通行人が無料で受け取れるようにしていることがある。
全12面で、基本的には前6面が宗教的な記事、後ろ6面が一般的な記事(一面広告を含む)、最終面はテレビ・ラジオ欄(ただしBSデジタルは11面)となっている。
一面トップは、池田大作が○○賞を受賞した、表彰されたなどの動静を伝えることなどが多い。また一言コメント「寸鉄」(朝日新聞の素粒子、毎日新聞の「余録」に相当するもの)、コラム「名字の言」(天声人語、「春秋」、「主張」等に相当するもの)が5タイトル程度、一面下部に掲載される。特に寸鉄は紙面の中でも特に厳しい調子で特定の人物や団体を非難したり、会員に向けて「人生を大勝利せよ」など「大」を多用した独特の言い回しで叱咤激励する内容が多い。5タイトルのうち、最初の3?4タイトルが自画自賛的内容で、最後の1?2タイトルが他団体、人物への批判である。この寸鉄は池田大作自らが原稿を書いていると言われている。本部幹部会など大きな会合で池田大作のスピーチがあった場合は、数日後に2面から3面にかけて編集されたものが掲載される。
4面は幹部(会長・副会長・男子部長・女子部長・青年部長)らによる座談会企画が多い。このコーナーにおいて阿部日顕、脱会者(竹入義勝、山崎正友)、民主党、共産党等への強烈な非難、罵倒を行っている。実際2006年3月には日蓮正宗のある寺の僧侶から座談会の記事内で事実ではない事柄を元に誹謗中傷・名誉毀損(法を食らう餓鬼等と罵倒)されたとし、この座談会に出席した幹部個人に対し損害賠償と聖教新聞本紙への謝罪広告掲載を求められた裁判で主張が認められずに敗訴(東京地方裁判所)し、座談会に出席した複数の幹部個人(秋谷栄之助会長・青木亨理事長等)に対し、この日蓮正宗の僧侶に対し損害賠償として計80万円を支払うよう判決が出た。当初創価学会側は控訴するかと思われたが、控訴せずこの判決は確定した。この裁判敗訴の記事は聖教新聞には掲載されなかったが、一部の一般紙にはベタ記事で報道された。宗教法人の代表者である理事長の不法行為責任が問われた裁判ではあるがあまり世間からは注目されなかった。
一般の政治・経済・事件に関する記事や、プロ野球の結果などのスポーツ関連の記事も、テレビ欄直前の2面(一般紙の社会面に相当する面)にわたって掲載されている。