紋別郡(もんべつぐん)は、北海道網走支庁に所属する郡。人口47,700人、面積3,912.58km2、人口密度12.2人/km2。(2008年6月30日、住民基本台帳人口)。 1869年、北海道に11国86郡が設置された際に、 北見国に置かれたのが始まり。
日本の郡では、最も面積が広い。
以下の6町1村を含む。
遠軽町(えんがるちょう)
上湧別町(かみゆうべつちょう)
湧別町(ゆうべつちょう)
滝上町(たきのうえちょう)
興部町(おこっぺちょう)
西興部村(にしおこっぺむら)
雄武町(おうむちょう)
歴史
1906年4月1日 - 北海道二級町村制施行に伴い、紋別郡に湧別村・渚滑村が置かれる。(2村)
1909年4月1日 - 北海道二級町村制施行に伴い、紋別郡に紋別村が置かれる。(3村)
1910年4月1日 - 湧別村が下湧別村・上湧別村(いずれも二級村)に分割。(4村)
1915年4月1日 - 北海道二級町村制施行に伴い、紋別郡に興部村・雄武村が置かれる。(6村)
1917年 - 人口:46,682名。マラリア患者数:1名。
1918年4月1日 - 渚滑村から滝上村(二級村)が分立。(7村)
1919年4月1日 - 上湧別村から遠軽村(二級村)が分立。(8村)
1919年5月1日 - 紋別村が二級町制施行し紋別町となる。(1町7村)
1921年4月1日 - 紋別町が一級町に移行。
1925年1月1日(1町9村)
遠軽村から生田原村(二級村)が分立。
興部村から西興部村(二級村)が分立。
1932年6月1日 - 渚滑村から下渚滑村(二級村)が分立。(1町10村)
1934年4月1日 - 遠軽村が一級町制施行し遠軽町となる。(2町9村)
1937年11月1日 - 渚滑村が上渚滑村に改称。
1938年4月1日 - 上湧別村が一級村に移行。
1940年1月1日 - 下渚滑村が渚滑村に改称。
1940年4月1日 - 下湧別村が一級村に移行。
1943年6月1日 - 北海道一級・二級町村制廃止。生田原村・渚滑村・上渚滑村・滝上村・興部村・西興部村・雄武村が内務省指定村に移行。
1946年8月1日 - 遠軽町から丸瀬布村・白滝村が分立。(2町11村)
1946年10月5日 - 指定町村制廃止。
1947年10月1日 - 滝上村が町制施行し滝上町となる。(3町10村)
1948年10月1日 - 雄武村が町制施行し雄武町となる。(4町9村)
1951年4月1日 - 興部村が町制施行し興部町となる。(5町8村)
1953年9月29日 - 上湧別村が町制施行し上湧別町となる。(6町7村)
1953年10月1日(8町5村)
下湧別村が町制施行・改称し湧別町となる。
丸瀬布村が町制施行し丸瀬布町となる。
1954年4月1日 - 生田原村が町制施行し生田原町となる。(9町4村)
1954年7月1日 - 紋別町・上渚滑村・渚滑村が合併し、紋別市が発足、郡より離脱。(8町2村)
2005年10月1日 - 遠軽町・丸瀬布町・生田原町・白滝村が合併し、遠軽町が発足。(6町1村)
参考文献
内務省衛生局保健衛生調査室編『各地方ニ於ケル「マラリア」二関スル概況』1919年(大正8年)発行(2008年1月21日現在、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)
北見国の郡
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表・話・編・歴北海道網走支庁の自治体
市部北見市 | 網走市 | 紋別市
網走郡美幌町 | 津別町 | 大空町
斜里郡斜里町 | 清里町 | 小清水町
常呂郡訓子府町 | 置戸町 | 佐呂間町
紋別郡遠軽町 | 上湧別町 | 湧別町 | 滝上町 | 興部町 | 西興部村 | 雄武町
カテゴリ: 北見国 | 北海道の郡
更新日時:2008年8月5日(火)13:15
取得日時:2008/08/30 09:10