米津 田政(よねきつ ただまさ、よねきつ たまさ、永禄6年(1563年) - 寛永元年11月22日(1625年1月1日))は、江戸時代前期の旗本。江戸町奉行(初代北町奉行)を勤める。米津政信の子。子は米津田盛(長男)、井出正成室。通称、勘兵衛。
米津家は三河以来の譜代の名門であり、徳川家康の小姓として、小牧・長久手の戦い、小田原の役に歴戦。徳川家康の関東入部に従い、武蔵国都筑郡、上総国印旛郡、香取郡、埴生郡内で5000石を領した。その後、徳川秀忠の御使番に列し、上杉討伐や上田城攻めに参加。江戸開幕直後の慶長9年(1604年)より20年間、江戸町奉行を勤めるが在職中に没する。後を長男・田盛が継いだ。墓所は、東京都東久留米市の米津寺。 カテゴリ: 米津氏 | 江戸幕府旗本 | 1563年生 | 1625年没
更新日時:2008年10月6日(月)17:50
取得日時:2008/11/17 16:34