第2次百年戦争(だいにじひゃくねんせんそう、Second Hundred Years' War、1689年〜1815年)は、ヨーロッパ内の国境紛争と王位継承、主に北アメリカ大陸を舞台として南アジア・アフリカをふくむ海外植民地の争奪、そして、それらに起因するアメリカの独立・フランス革命・ナポレオン帝国を背景にイギリス(イングランド)とフランスの間で繰り広げられた一連の戦争の総称である。イギリスの歴史家J.R.シーリーの命名による。一連の戦争の結果、イギリスが優位に立ち、後世「パックス・ブリタニカ」と呼ばれる繁栄の時代の基礎を築いた。
目次
1 呼称の由来
2 前史
2.1 海上権の推移
2.1.1 スペインの盛衰
2.1.2 オランダの勃興
2.1.3 英蘭の抗争とオランダの転落
2.1.4 英蘭抗争の終結
2.2 絶対王政と議会王政
2.2.1 フランス絶対王政の成立
2.2.2 イギリス議会王政の成立
2.2.3 「絶対王政」対「議会王政」
2.3 大西洋経済
3 経過
3.1 プファルツ継承戦争/ウィリアム王戦争
3.2 スペイン継承戦争/アン女王戦争
3.3 オーストリア継承戦争/ジョージ王戦争
3.4 七年戦争/フレンチ・インディアン戦争
3.4.1 パリ条約(1763年)後の大西洋世界
3.4.2 プラッシーの戦い(1757年)後のアジア
3.4.3 七年戦争(フレンチ・インディアン戦争)が後世に与えた影響
3.5 アメリカ独立戦争
3.6 フランス革命戦争〜ナポレオン戦争
4 結果
4.1 イギリスの勝利
4.2 なぜイギリスが勝利したか
5 影響
6 覇権成立後のイギリスの海外進出
7 その後の大国間抗争
8 関連項目
9 脚註
10 参考文献
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呼称の由来
イギリス(イングランド)とフランスの間の戦いであったこと
期間が百年余り(17世紀末葉から18世紀全体にわたり、さらに19世紀初頭)に及んでいること
以上の2点により、中世末の英仏百年戦争(1339年〜1453年)になぞらえて呼称される。両者はともに、特定の戦争を指すのではなく、当事国同士の一連の戦争、あるいは戦争と休戦とを繰り返している状態そのものを指す呼称である点でも共通している。イギリスの歴史家ジョン・ロバート・シーリーが『英国膨張史』(1883年)のなかで名づけたのが始まりだとされている。