公会議
第1ニカイア公会議
第1コンスタンティノポリス公会議
エフェソス公会議
カルケドン公会議
第2コンスタンティノポリス公会議
第3コンスタンティノポリス公会議
第2ニカイア公会議
第4コンスタンティノポリス公会議
第1ラテラン公会議
第2ラテラン公会議
第3ラテラン公会議
第4ラテラン公会議
第1リヨン公会議
第2リヨン公会議
ヴィエンヌ公会議
コンスタンツ公会議
バーゼル公会議
フィレンツェ公会議
第5ラテラン公会議
トリエント公会議
第1バチカン公会議
第2バチカン公会議
第2バチカン公会議(だい2 - こうかいぎ、1962年〜1965年)は、教皇ヨハネ23世のもとで開かれ、後を継いだパウロ6世によって遂行されたカトリック教会の公会議である。
この会議では、公会議史上初めて世界五大陸から参加者が集まり、まさに普遍公会議というにふさわしいものとなった。教会の現代化(アジョルナメント)をテーマに多くの議論がなされ、以後の教会の刷新の原動力となるなど、第2バチカン公会議は20世紀のカトリック教会において最も重要な出来事であり、現代に至るまで大きな影響力をもっている。
目次
1 開会まで
2 会期
2.1 準備期間
2.2 第1会期(1962年10月11日〜12月8日)
2.3 第2会期(1963年9月29日〜12月4日)
2.4 第3会期(1964年9月14日〜11月21日)
2.5 第4会期(1965年9月14日〜12月8日)
3 公会議の取り扱ったテーマ
3.1 教会論
3.2 典礼
3.3 聖書と啓示
3.4 司教のあり方について
4 公会議の影響
5 公会議文章一覧
6 関連項目
7 参考文献
8 外部リンク
//
1869年の第1バチカン公会議では、いわばひきこもりのようになってカトリック教会が近代世界を否定するというスタンスがとられた。しかし第2次世界大戦後の世界で、もはやカトリック教会だけが古色蒼然とした形をたもっていることは出来なかった。特に司牧の第一線で働く聖職者、宣教者、信徒たちの間で教会の現代化の必要性は痛感されていた。
神学者の間では、カール・ラーナーやイヴ・コンガールなどのように「近代社会で人類が獲得した経験知を伝統的なカトリック信仰と調和させる」ことを目指した一団と、ヨーゼフ・ラッツィンガー(後のベネディクト16世)やアンリ・ド・リュバックのように「古代教会の信仰にこそ現代教会の活力の源泉が見出されるはずだ」とする一団という二つの大きなグループが生まれていた。
また、第1バチカン公会議で本来話し合われるはずであった教会論の議論(これらは普仏戦争の勃発によって中断を余儀なくされた)を行うことで教会のアイデンティティーを再確認することの大切さも十分認識されていた。このような流れの中で、つなぎの老教皇とみられていたヨハネ23世が公会議の召集を発表したことは、カトリック教会と全世界にとって驚きと同時に大きな期待を持って迎えられた。